第4話 集団下校
部室にまだ朝比奈さんは来ていなかった。一限多いからしばらくかかるはず。
ハルヒは退屈そうにディスプレイに向かってマウスを転がしている。
傾いた冬の
「キョン、お茶を
「俺より朝比奈さんの方がずっと上手に煎れるだろ」
「別に味なんか期待してないわ。空気が乾いてるせいで喉が渇くのよ。水分さえ
俺は仕方なく茶筒を手に取ると、古泉がまるで計ったようにハルヒに声をかけた。
「凉宮さん。文芸誌作成は大成功でしたが、過去に編集作業をされたことがあるのですか? たとえば中学の卒業文集の編集委員長とか」
「経験はないけど、なんとなく解るのよ。ま、
「なるほど」
古泉はそこで言葉を切って、ハルヒもまたディスプレイを見つめている。
何なんだ今の会話は。
「実はね、有希のことを考えてんの。あたしがこの場所を手に入れたときからずっといるわけだし、文芸部費のこともあるし」
俺は急須を開けようとした手を止めた。
長門はハルヒの言葉が聞こえなかったように厚い青背本のページをめくっている。
「よく考えたら、ここは元々文芸部室だしあたしは無期限で借りているわけだけど、賃料も払ってないでしょ? 何かお返しがしたいと思ってたの。ね、有希はなにか希望ある? あたしでできることならなんだっていいわよ」
よく考えなくてもここは文芸部室だ。だがハルヒがお返し、とは? 現国教師が長門に文句を言ったのも原因だろうか。
「今回はあいつのせいであたしが仕切っちゃったから、今度は有希を立ててあげたいの。もちろん、生徒会長とかアレコレ言う奴らにはあたしが盾になるけどね」
「…………」
ハルヒに沈黙で返す一方で、長門はちらりと俺に視線を投げた、ような気がした。
俺が急須をもったままフリーズしていると、ドアが開いて朝比奈さんが顔を出した。
「遅くなってごめんなさい。あ、キョン君あたしがお茶を煎れますから」
自然と周囲が暖かくなる笑みを添えて俺に近づく。走ってきたのか少し息が切れている。わずかに頬を染めた姿が実に愛くるしい。
いいタイミングで来てくれた。俺はこれ幸いとばかりに朝比奈さんにまかせることにした。
最後にSOS団みんなで下校したのはいつだったろうか。
文芸誌を作っている最中は各人が抱えている原稿の進み具合で下校時間がバラバラだったし、古泉は「バイト」のせいでちょくちょくいなくなっていた。
今日は長門と朝比奈さんを先頭に、俺とハルヒ、古泉が後続する。先を歩く朝比奈さんと長門が珍しく何か話しているようだったけれど、吹き込んできた風のせいで内容はわからない。寒気がさしこんで体に震えが走る。この時期にしてはとんでもない寒さだ。
まさか地球の公転軌道が少しばかり火星側にずれたんじゃあるまいな。となると暦は一年十五ヶ月くらいになって、いまはまだ真冬なのだ……。小学生の頃、そんなSFを読んだ気がする。
バレンタインデーだって薄ら寒い状態で鶴屋山であっちこっちほっくり返した記憶もあるのだが、暦が春に向かっているのにさらに寒くなるってありえないか。
そういやハルヒは去年の映画騒動の時、秋の公園をサクラで満開にしちまったからな。もう春は先取りされて来ないのかも知れん。それで四月、五月はずっとこんな天気で六月にいきなり夏が来るのだ。
「痛て」
俺が妄想に浸っているのを感知したのか、ハルヒが俺の腰に軽いパンチをいれた。痛覚刺激で俺に意思伝達するのはやめろ。
「なに考えてんの?」
「寒すぎてしゃべる気にもなれん」
「あんたは寒がりすぎるのよ。団員の中でいつもヒーターにへばりついてんのはあんただけじゃない」
「そうはいっても寒いもんは寒い」
「じゃ、あっためてあげようか」
「は?」
「みくるちゃん、ちょっと」
「涼宮さん一体何を、ひっ」
「わ!」
いきなりハルヒは俺の背中を押し、前をゆく朝比奈さんが振り向くと同時に覆い被さるように俺はこけた。
「何をしやがる! すっ、すみません朝比奈さん。ハルヒが急に」
「いいんです。あたしもぼんやりしてたから」
って、なんであやまってくれるのか、っていうより。
「ハルヒ、何の真似だ!」
「あんたはこうすると目が覚めるからね。ちゃんと前を向いて歩きなさいよ。下手な考え休むに似たりっていうでしょ」
俺の悩みの根源がしれっと言った。
尻餅をついた朝比奈さんを助け上げた古泉が俺の方を見てにやけている。
「今日は寒いから、久しぶりに駅前の喫茶店にいくことにするわ。今後のSOS団の活動について考えてることがあるの」
というわけで俺たちは次なる目的地へと足を進める。とりあえず目は覚めたが。
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