二章

第34話 襲撃

 近場の魔物退治を済ませたディランたち三人は、王都への道を急いでいた。ぎりぎりまで戦っていたせいで、今日もまた日が落ちそうな時間だ。

「ん?」

 王都が近づいてきた辺りで、ディランは訝しげに眉を寄せた。東門の周囲が妙に騒がしい。どうも、外に出ようとしている人で混雑しているようだが……。

「何かあったのかしら」

「うーん?」

 セリアと顔を見合わせる。よっぽどの理由が無ければ、こんな時間から街の外を歩こうだなんて思わないだろう。確かに、一番近い宿場は比較的近くにあるが、それにしたって数時間はかかる。

 相変わらずの列に並んだあと、衛兵に身分証を見せて通してもらう。騒ぎについて聞いてみようと思ったのだが、あまりに忙しそうなのでやめておいた。仕方なくそのまま中に入ると、

「これは……」

 もう見慣れた王都の街並みを目にして、ディランは絶句した。建物の一部が崩れ、所々で地面はめくれ上がり、木が何本か倒されている。被害の規模はそこまで大きくは無いものの、滅多に見ない光景だ。

「何かあったんですか?」

 道端に座り込む冒険者らしき男に、ディランは尋ねた。男は億劫そうに顔を上げて言った。

「知らないのか?」

「さっき外から戻ってきたばかりで……」

「そうか、運がよかったな」

 男はため息をつく。彼の次の言葉は、ディランたち三人を大いに驚かせた。

「ワイバーンが襲ってきたんだよ。集団でな」

「えっ、どうして?」

 この近くでワイバーンがんでいるのは、赤竜のいる山脈だけだ。縄張り意識なのか、それとも食料が豊富にあるからか、彼らが山脈の外に出ることはほとんど無い。が人間を襲うこともあるが、それすらも稀だ。

「知らんよ。とにかくそういうわけで、街は大騒ぎさ」

 男は言った。どうなってるんだ、と眉を寄せるディランの肩を、セリアが叩く。

「ギルドに行ってみましょ。あそこなら情報も集まってるはず」

「そ、そうか、確かに。ありがとうございました」

 礼を言ってその場を去る。男はひらひらと手を振ると、また顔を伏せて動かなくなった。

 街は、様々な場所が破壊されていた。何匹来たのか分からないが、被害の範囲は広い。空からの攻撃に対して、街の防御はほとんど役に立たなかっただろう。

「何が目的なのかしらね……」

 独り言のようにセリアが言った。ディランは顔を向けた。

「目的?」

「そう。食料を探しに来たって雰囲気じゃないでしょ?」

「ああ、確かに」

 ワイバーンが人を襲う理由なんて、普通に考えると食べることだけだろう。だがそうだとすると、執拗なまでに建物を壊している理由が分からない。全住民が即座に屋内に逃げ込んだから、なんてことも無いだろう。

 そう言えば、とディランは剣の柄に手をやった。真っ先に騒ぎそうなシルトが黙っている。もしかすると、恐怖に震えているんだろうか。

「シルト、大丈夫?」

『はい?』

 だが返ってきたのは、あっけらかんとした声だった。どうも、怖がっているという感じではない。

「怖くないの?」

『え? でも魔物はもういないみたいですし……』

 不思議そうに言うシルト。街の破壊の跡を見ても、特にどうとも思わないらしい。人との感覚の違いだろうか。

 そうこうしているうちに、ギルドに到着する。いつもの倍ほども集まる冒険者たちを見て、ディランとセリアは思わず顔を見合わせた。

「どうしよう」

「そうね……」

 セリアが困ったように言った。受付も長蛇の列になっている。話を聞くにしても、ひどく時間がかかりそうだ。

 不意にウォードが声をあげた。

「マリーがいるぞ」

「え、どこ?」

「あそこ」

 ディランは彼が指さした方に目をやったが、少女の姿は見当たらない。人込みに埋まっているんだろうか。代わりに、マリーの許婚いいなずけ、ランスの姿を見つけた。

 向こうも気づいたらしく、手を振ってこっちにやってきた。マリーが、まるで彼の付属物であるかのように腕につかまっている。やはり人に埋もれていたのか、心なしかぐったりしているように見えた。

「やあ、ディラン君。そちらの二人は、セリアさんとウォード君かな?」

「あ、はい」

 ディランは二人を紹介した。しばらくの間、当たりさわりの無い会話が続く。

「ワイバーンの話なんですけど……」

「大変だったね」

 ランスは渋面で言った。ディランは言葉を加える。

「俺たちは街の外に出ていてよく知らないんです。詳しく教えてもらえませんか?」

「ああ、そうなのか」

 小さく頷いたあと、ランスは説明を始めた。

 彼が言うには、ワイバーンたちは昼頃に突然街にやってきたそうだ。それなりの集団で、少なくとも十匹以上はいたらしい。

「よく追い返せましたね」

 ディランが驚いたように言った。ドラゴンほどでは無いにせよ、ワイバーンも厄介な魔物だ。十匹も集まっていたら、まともに相手ができるパーティはそうそういないだろう。

 すると、ランスは難しい顔で頷いた。

「街中に分散していたからね。一匹ずつ相手をしていたから、まだ何とかなった」

「なるほど……?」

 ディランは首を捻る。状況は分かったが、魔物たちは何故そんなことをしたのだろう。固まって戦った方が、圧倒的に有利だと思うのだが……。

「何が目的で街に来たのか、予想はついているんですか?」

 セリアの言葉に、ランスは頷いた。

「ギルドの見解では、赤竜レッドドラゴンが指揮しているのだろうということだ」

「レッドドラゴン!?」

「そうだ。驚くのも無理はないだろうが……」

 ランスは物憂げに言った。だがディランたちが驚いたのは、もちろん全く別の理由だ。

『ディー様がそんなことするはずありませんっ!』

 と、魔剣シルトが怒ったように言っている。ディランも同じことを思っていた。

「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそんな話になったんですか? 証拠でもあるんです?」

「ああ。ワイバーンの来襲には、何らかの『意図』を感じるだろう?」

「そうですね。建物を狙って壊しているようでしたし……」

 ディランは神妙な表情で頷く。もっとも、単なるセリアの受け売りだったが。

「やつらに複雑な企みを行う知能は無い。となれば、指揮している誰かがいるはずなんだよ」

「それが、レッドドラゴンということですか」

「そうだ。ワイバーンが言うことを聞く相手なんて、他には考えられない」

 セリアの言葉に、ランスは深く頷いた。

「近々本格的な討伐隊が組まれる予定だ。今まではさほどの害も無いと放置されていたが、街を襲うとなれば話は別だからね」

「な、なるほど……」

 ディランは微妙な表情で言った。色んな意味で好ましくない状況だ。人間側にも、そして赤竜ディーの側にも、どれだけの被害が出るか。

「どう思う?」

 ランスたちが去っていったあと、ディランはセリアに水を向けた。彼女は渋面で言った。

「確かに筋は通ってるわね。でも……」

「あいつが人間の街を襲うなんて面倒なことやらないだろう」

 意外なことに、言葉を続けたのはウォードだった。腕を組みながら、苛立ちと不安の中間のような表情を見せている。ディーのもとにいる魔剣ラムのことを気にしているのだろうか。

「本人を訪ねてみないか」

「うーん、そうだな……」

 ディランは悩んだ。ディーならワイバーンのことにも詳しいだろうし、根本的な解決策が見つかるかもしれない。

 怖いのは、万が一本当にディーが黒幕だった場合だ。何度かやりとりをしたとは言え、所詮は人とドラゴンという異質な者同士。次も平和的に済むとは限らない。

(でも……)

 被害を未然に防げる意義は大きい。やってみる価値は十分にある。

「俺も行ってみる方に賛成だ。セリアは?」

「……分かったわ」

 堅実派の少女も、少し迷った末に頷いた。ディランはほっと息を吐いた。

 三人はその日のうちに準備すると、翌朝早くに街を発った。

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