第33話 竜退治の依頼
岩
最下位ランク冒険者のフロアは、今日も人でいっぱいだった。受付の列も長いし、依頼掲示板の前にも人だかりができている。併設されている小さな酒場前のテーブルは、一つも空いていない。
「うーん」
掲示板を眺めながら、ディランは小さく声をあげた。
ここにあるのは、上位ランクの冒険者たちが持っていった残りだ。基本的に、ろくな依頼は無い。岩百足退治のような敵の防御力だけがひたすら高い依頼があれば好都合なのだが、そうそう都合よくはいかないようだ。
(別の街に移ってみてもいいかもな)
依頼書を端から確認しつつ、ディランは思案した。自分たちに合った魔物退治がいつでも受けられる街があれば、それが一番いい。もしくは、硬くて素材が高く売れる魔物を探すか。残念ながら、岩百足の素材はほとんどお金にならない。
(それともランクを上げるのを頑張るか……)
こっちは少し難しいが、不可能ではない。ランクが上がれば今までできなかった依頼が受けられるようになるし、そこでいいものが見つかるかもしれない。
ランクの昇格は、基本的には冒険者の依頼達成状況などを見てギルドが勝手に決める。が、自分たちで申し出ることも可能だ。さもないと、依頼をあまり受けず、ダンジョン探索を主にやっている冒険者なんかは、ずっと昇格できなくなってしまう。
申し出る際には、当然のことながら自分たちの活躍をアピールする必要がある。何かあったかな、とディランは考えてみた。
(……ドラゴンと仲良くなったとか?)
アピールになるかどうか微妙な気もする。そもそも信じてもらえるかどうか。ドラゴンとまともに交流した例なんて、そう無いはずだ。
(
などと考えていたディランだったが、
「お」
一つの依頼書を目にして声をあげた。別の街でも見た赤竜退治の依頼だ。だいぶ前から貼りっぱなしのようで、端が破れてぼろぼろになっていた。
「勇者求む。王都を脅かす凶悪な魔物の退治……」
凶悪かなあ、とディランは首を傾げた。実際に会って話した感想としては、多少気難しいだけのごく普通の冒険者といった感じだ。それに、彼が王都を襲ったなんていう話も聞かない。
(誰が依頼出してるんだろう)
大抵の魔物退治は国が依頼主なのだが、これは違うようだった。どこかの貴族の名前が書いてある。
依頼の条件として、倒したドラゴンの体を速やかに受け渡すこと、とあった。どうも、鱗だか牙だかのドラゴンの部位を、何かに使いたいらしい。王都を脅かす云々は、ただの口実なのだろうか。
(鎧でも作るのかな)
ドラゴンの鱗でできた鎧は、最高級の防具として珍重されている。鱗は市場で出回ることもあるが、鎧が作れるほど数を集めるには時間がかかる。
「その依頼を受けるのはやめた方がいい」
出し抜けにかけられた声に、ディランは顔をあげた。
すぐ隣に立つ男の冒険者が、自分の方をじっと見つめていた。自分より少し年上に見える。知り合いではないが、どこかで見たことがあるような。
「君の実力では、何もできずにやられてしまうだけだ。無駄に命を捨てることは無い」
「いや、眺めてただけなので……」
「そうか」
青年は優しそうな笑みを浮かべた。その表情を見て、ディランは声をあげる。
「あっ」
「ん?」
不思議そうな顔を向けられる。しまった、とディランはちょっと後悔した。わざわざ言うようなことではないのだが……。
「……もしかして、マリーの……
「ああ、そうだ。そういう君は、マリーの知り合いかい?」
青年は驚いたように言った。やはりそうだったか。
一度、マリーと一緒にいるところを見かけたことがある。その時は、彼女がこの男の腕にしがみついていたのを目にして驚いた。
「ランス」
聞き覚えのある声に、ディランはくるりと振り向いた。ゆったりとした漆黒のローブを着た少女、マリーがそこにいた。表情に乏しい顔を、少しだけ驚いたように目を見開く。
「ディランも」
「やあ」
軽く手を上げて挨拶する。すると、マリーの許婚らしき青年が、納得したように頷いた。
「ああ、君がディラン君か。うちのマリーが世話になってるね」
「いや、俺の方がお世話になりっぱなしで……」
ディランは恐縮した。本当に、マリーには頼りっぱなしだ。たまには恩返ししないといけない。
(……それにしても)
と、ランスの顔色をうかがいながら思った。
(許婚が他の男と仲良くして、何とも思ってないのかな)
今のところ、彼はにこにことするばかりで、ディランに悪い感情を抱いている様子はない。内心どう思ってるのかまでは分からないが。
自分ならどうだろう。もしセリアが知らない男と親しげにしていたら、やっぱりちょっと嫌だ。
いや、とディランは小さく首を振った。セリアとは、べつに結婚を予定している間柄ではない。まあ恋人とは言ってもいいのかもしれないが、それすらきちんと確かめたわけでもなし……。
「どうしたの?」
「なんでもない」
不思議そうに尋ねるマリーに、ディランは即答した。
その後、当たり障りのない会話を少ししたあと、二人とは別れた。ランスはまさに好青年といった雰囲気で、同性から見ても好感が持てた。マリーとお似合いかどうかはよく分からないが。
腕を組んで去っていく二人をぼんやり眺めていると、
『いいですねっ。許婚だなんて!』
妙に嬉しそうなシルトの声が聞こえてきた。そうかなあと、ディランは不思議に思った。小さいころから結婚相手が決まっているだなんて、もし性格が合わなかったらどうするのだろう。あの二人は仲がよさそうだからいいが……。
「マリーとなに話してたの」
「うわっ!?」
耳元の、吐息がかかるほどの距離でかけられた声に、ディランは驚いて振り返った。いつの間にか、セリアが真後ろに立っていた。唇をわずかに尖らせている。
「い、いや、特に何も。偶然マリーの許婚の人と会ったんだよ。ランスっていう人」
「ふうん?」
セリアは若干不機嫌そうにしながらも、とりあえず納得はしたようだった。
もしかして……いや、さすがに間違ってはいないだろうが、マリーと話していたことに嫉妬しているようだ。ディランはちょっと嬉しくなったが、とは言えそんなこと顔には出せない。
「変なこと考えてない?」
「いやいや」
じとっとした目つきを向けてくるセリアに、ディランは慌てて首を振った。
(……なんか、大変そうだな)
これからずっと。などと内容が曖昧な思いを抱きながら、セリアと二人で仕事探しを続けた。
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