第三部
一章
第32話 魔物退治
『きゃーきゃー!』
頭の中に響くキンキン声に顔をしかめながら、ディランは剣を振り下ろした。抜群の防御力を誇る岩
念のため、頭をさらに二分割した。グロテスクな断面が晒される。
『うう、気持ち悪いです……』
剣が、怯えるようにぶるぶると震えた。ディランは思わず苦笑する。
(戦いが苦手な剣ってのも、何だかなあ)
そう、先ほどから頭の中で聞こえている声は、この
(切れ味はいいんだけどな)
さすがに魔力を解放したエヴァには及ばないが、魔剣の中でもかなり上位だろう。ウォードが持っている漆黒の剣とほぼ同等だ。
『ま、まだいます……』
「ん」
シルトの言葉に、ディランは辺りを見回した。洞窟の細い通路が、ランタンの明かりに照らされて複雑な影を作っている。
カラン、と小さな音が聞こえた方に、さっと顔を向ける。岩壁の一部から、小石がころころと転がり落ちる。
直後、壁が爆発するように割れると、中から岩百足が飛び出してきた。だがそれを予測していたディランは、落ち着いて剣を振るう。頭頂から綺麗に断ち割られた魔物は、地面にぼとりと落ちて動かなくなった。
しばらく周囲を警戒していたが、追加は無いようだった。シルトも何も言わない。
「終わったか?」
地面に空いた穴から、ウォードが顔を出した。岩百足たちが穴を開けるせいで、この洞窟は道が立体的に交差し、非常に迷いやすくなっている。増えすぎた岩百足が近隣の村を襲うこともあるので、たまに駆除の依頼が出されている。
「多分。そっちは?」
「バッチリだ」
大きな袋を持ち上げるウォード。中からは、岩がぶつかるガラガラという音が聞こえてくる。もちろん、全て岩百足の頭部だ。
後ろにいるセリアを、ちらりと振り返る。彼女は真剣な表情で書き物をしていた。辺り一帯の地図を作製、というか修正しているのだ。ころころ地形が変わるこの洞窟の地図情報は、王都の冒険者ギルドが常時買い取りをしている。
『あのお……』
「ん?」
シルトの声にディランは首を傾げた。彼女はためらうように言葉を続ける。
『あの、拭いてもらえないでしょうか。その、ち、血とかっ』
「ああ」
剣に付いた血やら何やらを拭って、鞘に仕舞う。はああー、という長いため息が、頭の中に響く。
『魔物臭い……』
悲しそうに言うシルト。彼女は魔物の臭いに敏感らしく、さっき壁に隠れていた岩百足に気づいたのもそのためだ。非常に役に立つのだが、本人は臭いが不快らしく、いつも文句を言っている。
(こういうのさえ無ければなあ)
ディランは小さく唸る。幸いシルトには、エヴァのように人の心の中を読むような能力は無い。
「まだやるか?」
穴から出てきたウォードが言う。通路の端に、どさりと袋を置いた。隣には、同じぐらいの大きさの袋がもう一つある。ディランが倒したものだ。
「セリアが終わったらそろそろ戻ろうか。荷物もいっぱいだしな」
「こっちもいいわよ」
地図をひらひらとさせて乾かしながら、セリアが言う。ディランは頷いた。
「よし、じゃあ帰ろう」
「おう」
「ええ」
『やったあ!』
最後に聞こえてきた声に、ディランは思わず苦笑した。
三人は近くの村に一泊したあと、一日かかる王都への道のりを歩き出した。岩百足退治一日のために往復二日も使うのは非合理的なのだが、これ以上倒すと戦利品が持ち帰れない量になってしまう。村で買い取るだとか、岩百足退治専門の人員を村に置くだとかいう話もあるらしいが、今のところ実現していない。
「……
肩に食い込む荷物の重さに、ディランは思わず愚痴をこぼした。前を歩くウォードの方をちらりと見ると、特に辛そうな様子も無く平然と歩いている。普段の基礎訓練の差だろうか。
「私も持とうか?」
そばに寄ってきたセリアが、ぽそりと言った。ディランは笑みを浮かべて首を振った。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。女の子にこんなことさせられないって」
「ん」
セリアは小さく頷くと、腕をそっと掴んできた。優しく撫でるかのような触れ方に、ディランはどきりとしてしまった
『ひゃあ……』
と、頭の中で響く声は無視しておく。
王都に着いたのは、日の光が山の向こうに沈もうとする頃だった。行きはもっと余裕があったのだが、荷物の重さ分時間がかってしまったようだ。同じく駆け込みで王都に入ろうとする人や馬車に混じって、門から延びる列に並ぶ。
「毎回のことだが、面倒だな」
「まあね」
ウォードのぼやきにディランは同調する。列に並んでいると、時間をとても無駄にしているように感じる。
長い列の横を、一台の馬車が悠々と進んでいった。人が十人以上も入れそうな、豪華な装飾の大きな箱馬車だ。多分、優先的に王都に入れる通行証か何かを持っているのだろう。そう言えばマリーも持ってたなあと、ふと思い出す。
『なんか魔物臭くないですか?』
「そう言われてもな……」
シルトの声に、ディランは上の空で返した。彼女の言う『魔物臭さ』が分かるほど、人間は鼻が良くない。
ようやく王都に入れた三人(と、シルト)は、真っ先に冒険者ギルドへと向かった。手早く処理して、岩百足退治の報酬を手に入れる。
合計すると、結構な金額が懐に入った。普通の剣では歯が立たず、魔法か強力な打撃武器ではないとダメージを与え辛い岩百足は、危険度に比べて報酬が高い。ディランたちからすると、いい稼ぎ先だった。
「晩飯はどうする?」
ギルドを出ながらディランは言った。今借りている宿は食事が出ない。王都は食べるところがたくさんあるので、毎日選べた方がいいだろうという(主にウォードの)意見でここにしている。
セリアが言った。
「今日は私が作る」
「お、いいね」
ディランは口元を緩めた。セリアの料理の腕はなかなかのものだ。以前のように限界まで材料をケチったりしなければ、かなり美味しい。
「それで、材料を買いに行きたいんだけど……」
と、セリアにしては珍しく口ごもっていた。ちらちらと視線を向けられて、ディランは首を傾げた。
「じゃあ俺は、食事前の訓練でもしておくかな」
「ん? うん」
唐突なウォードの言葉に、ディランは生返事を返す。去っていく友人の後ろ姿を訝しげな表情で眺めていると、
「行きましょ」
ディランの腕に、セリアが自分の腕を絡ませた。柔らかい感触にどぎまぎしながら歩き出す。
(……あっ、そういうことか!)
その時になってようやく気が付いた。先ほどのセリアの態度は、二人で買い物に行きたいということだったのだ。ディランは全く思い至らなかったが、たぶんウォードは気づいて一人で帰ったのだろう。
『女心が分かってないですねえ……』
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