第31話 治療

 セリアの魔法は、全て取り戻すことができたようだった。昔に覚えたものから、一番新しい迅速の翼クイック・ウィングまで、問題なく発動した。

 だが、別の新たな問題が発生した。セリアではなく、ラムだ。

「だるいー」

 そう言って、ラムは座り込んでしまった。どうしたのか聞いてみると、少し考えたのちに、こう答えた。

「掃除しないとだめかもお」

「掃除?」

「魔力の……」

 どこかで聞いたな、とディランは記憶の糸を手繰り寄せた。そうだ、前にラムが『やりたいこと』だと言っていたやつだ。具体的に何をするのか、あの時はよく分からなかった。

「掃除って、何をすればいいの?」

「分かんないー」

「……どこかでやってもらったことがあるんだよな?」

「忘れちゃったあ」

 ラムは困ったように眉を寄せた。エヴァの時もそうだったが、所有者が代わると記憶がリセットされるのだろうか。

「誰かに聞いてみるしかないな。またマリーの師匠に頼るか?」

「そうだね」

 珍しく積極的に意見を出すウォードに、ディランは頷いた。結局のところ、それしか無いだろう。また嫌な顔をされそうだが……。

「……待って。その前に、もう一人訪ねてみた方がいいわ」

「え?」

 セリアの言葉に首を傾げる。マリーの師匠以外に誰か居ただろうか。

「ラムについて、もっと詳しそうなヒトがいるでしょ」

「誰?」

「ほら、この近くに」

「……ああ、そうか」

 そこまで言われて、ようやく誰のことかが分かった。確かに、『彼』なら詳しいかもしれない。

「行ってみようか」

「ええ」

「そうだな」

 三人は頷き合った。


 その場所に来たのは久しぶりだった。極めて大きな井戸のような、垂直に掘られたあなの奥底。赤竜レッドドラゴンディーのだ。彼は、魔剣ラムの前の持ち主だった。

 赤竜は、前と同じく中央で身を伏せていた。遠くから名を名乗ると、なんとか気づいてくれたようだった。ドラゴンの巨体が消え失せ、大男がその場に現れる。

「……というわけなんだけど」

 ディランはここに来た理由わけを説明した。剣に戻ったラムを手渡す。ラムは相当しんどいのか、先ほどから黙ってしまっていた。

 すると、ディーは少し考えた後に言った。

「魔法を奪う魔物と戦ったと言ったな」

「うん」

「その魔物の魔力が、ラムの中に混ざってしまったのだろう。私はそれを追い出し、元に戻す方法を知っている」

「じゃあ……」

「だが、これはお前たちの物であって、私の物ではない。私が手伝う義理はない」

 そう言われて、ディランは黙ってしまった。すると横に居たセリアが、何かに気づいたようにこう言った。

「対価を渡せってこと?」

「そうだ」

 ディーは薄く笑う。エヴァを返した時と立場が逆だ。意趣返しのつもりなんだろうか。

「ついて来い」

 身をひるがえしてして歩き出すディーに、ディランたちはついていく。向かう先は前回と同じく、魔道具や財宝が置かれた洞窟のようだ。どうも面白がってやっているようだが、果たして対価として何を要求されるのか。ディランは小さく息を吐いた。

「シルト」

 洞窟の入り口が見えてきたところで、立ち止まったディーが誰かの名前を呼んだ。すると岩陰から、誰かが恐る恐る顔を覗かせた。ディランたちと同じぐらいの歳の女性に見える。

 こんな所になぜ人が、とディランは訝しんだ。迷い込んだ旅人だろうか。同じく訝しげな表情をしていたセリアだったが、不意に、はっとした顔になって言った。

「まさか……」

「お前の予想は、恐らく当たっている。来い」

 ディーが言うと、シルトと呼ばれた少女は慌てて近づいてきた。まるで幼児のように、足取りが危なっかしい。

「ラムを治している間、こいつの面倒を見て欲しい」

「へ?」

 ディランは思わずシルトの顔を凝視した。面倒を見ると言われても、いったい何を期待されているんだろうか。冒険者のようには見えないし、自分たちについてこれるとは思えないのだが……。

「よ、よろしくお願いしますっ」

 手を前で合わせ、シルトは深く頭を下げた。

「わ、わたし、ラムお姉さまみたいに戦いに慣れてないですけど、頑張りますっ!」

「ラムお姉さまって……あっ!」

 ようやく事態が飲み込めた。つまりはこの『少女』も、エヴァやラムと同じく、魔剣なのだ。

「ラムが出ていったあと、自分も外の世界が見たいと言い出した」

「なるほど」

 ディランは納得したように頷いた。そう言うことなら全く問題ない。

「受けようと思うけど、どうかな?」

「代わりを貸してくれるって言うなら、断る理由は無いんじゃない」

「待った」

 セリアはすぐに首肯したが、ウォードが物言いをつけた。

「治すのにどのぐらい時間がかかる?」

「最低でもひと月だ」

「もっと早く済む方法は無いのか?」

「私の知る限りでは、無い」

「わかった。……俺も預ける案に賛成する」

「うん」

 ディランは小さく唸く。ラムのためだ、仕方ない、とウォードが呟くのが耳に入った。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 ディランは魔剣ラムを捧げ持ち、赤竜に託した。


 王都へ戻るための抜け道を、ディランはセリアと二人で歩いていた。ウォードは居ない。ラムにしばしの別れを告げたいという理由で、赤竜の巣に残っている。明日には帰ってくる、と言っていた。

「……まさか、ずっとあそこにいるつもりじゃないよな」

「帰ってくるわよ」

 セリアは妙に自信ありげに言った。まあ、彼女がそう言うなら大丈夫だろう。

 二人は手を繋いで歩いていた。どちらかが言い出したわけではないのだが、自然とそうなっていた。

(ちょっと複雑だな)

 今回の事で、セリアはディランに恩義を感じているようだった。だが実際のところ、ディスガイザー退治でそこまで役に立てたとは思っていない。確かにとどめを刺したのは自分だが、ウォードがやっても同じというか、その方が確実だっただろう。

(そもそも、最初に戦った時にもう少し上手くやってれば……)

 セリアが魔法を奪われ、辛い思いをすることは無かったかもしれない。ラムの制御を上手くできていれば。もしくは、ディスガイザーの狙いにもっと早く気づき、防ぐことができてれいば。

「……そうだ」

 ディランは思わずぽつりと呟いた。隣の少女が、ちらりと視線を向ける。

「俺の願い、決まったよ」

 遠くを見据えながら、静かに告げる。真剣な雰囲気を感じ取ったのか、セリアは何も言ってこない。

「もっと強くなって……みんなを、守れるようになりたい」

 一瞬言い淀んだのを、もう長い付き合いのこの少女は、見逃さなかった。

「みんなを?」

「……。……セリアを」

「うん」

 セリアがそっと肩を寄せてくる。柔らかい体の感触が伝わってきて、ディランは頬が熱くなるのを感じた。

『ひゃあ……』

 不意に、頭の中で聞きなれない声が響き、ディランは飛び上がるほど驚いた。そうだ、魔剣シルトを持っていたのを忘れていた!

『あっ、す、すみません、つい……つ、続けてください!』

「……」

 冷や汗がたらりと流れた。セリアは気づいていないのか、離れようとしない。いや彼女のことだ、察した上で知らんぷりをしているに違いない。

 無言の二人は、足音だけを響かせる。その後王都に着くまで、ディランはべきかずっと悩むことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る