第30話 決着
セリアの姿をしたディスガイザーの眼前に、炎の球が生まれる。それが徐々に大きくなっていくのを見ながら、ディランとウォードは必死に走って大きな岩の
二人の真横を、炎が音を立てて通り過ぎていく。あんなのを食らったらひとたまりも無い。ディランは冷や汗をかいてそれを見送った。
ギルドで聞いた限りでは、ディスガイザーの攻撃魔法は投射系ばかりだ。ここに居れば、とりあえず攻撃を受けることはない。岩を壊されるか、もしくは回り込まれない限りは。
ディランは周囲の地面に目を凝らした。ディスガイザーは、幻影の魔法で姿を見せずに移動することができる。が、足跡までは隠せないはずだ。万が一こっちに来たら、絶対に迎撃しなければならない。
(予想通り動いてくれよ……!)
そう祈りつつ、ちらりと後ろに目をやる。ラムが、無防備に立ち尽くしている。セリアの姿は見えない。
ディスガイザーの姿が見える方と、ラムの居る方を半々で見ていたウォードが、合図を送った。ディランはそれを見て口の端を上げる。作戦通りだ。
「今だ!」
不意に、ウォードが叫んだ。直後、ディスガイザーの姿がラムの目の前に現れる。向かい合う二人は、お互いに腕を伸ばし、相手の額に手を触れている。
「……
ラムの呪文が、辺りに響き渡った。
ディスガイザーの周囲に、複数の光点が出現した。光点同士が無数の線で結ばれ、多面体を成している。魔物は慌てたように飛びのいたが、光の檻は正確に追随している。これでしばらくの間、魔法は使えない。
「よくやった!」
座り込むラムを労い、ウォードが走る。ディスガイザーは、迎え撃つように体を向ける。
が、ウォードは急ブレーキをかけて立ち止まった。
「ラム!」
ディランが声をあげると、ラムの体は消え失せ、地面に剣ががしゃんと落ちた。思わず振り返るディスガイザーの元に、遠くからセリアが放った矢が飛来する。
魔物は当たり前のようにひらりと避けた。だが、木箱と真っ赤な羽の付いたその矢は、普通の矢ではない。
轟音と共に、木箱が大爆発を起こす。顔を
(どうだ!?)
今のは絶対に避けられなかったはずだ。倒したか、と期待の
「くっ」
煙の中から、ディスガイザーが飛び出してきた。セリアの姿で振るわれるナイフを、ディランは後ろに跳んで避けた。
防御の魔法でも先にかけていたのか、それとも見た目を変えて隠すことができるのか、魔物の体には傷一つ付いていない。だが、動きは明らかに鈍っている。ダメージが全く無かったわけではないようだ。
走り込んできたウォードが、漆黒の刃を振るう。ディスガイザーは、若干余裕のない動作で、それでも相手の攻撃を触れもさせない。恐るべき身体能力だ。
ディランは
魔物の着地地点に、背後から再び矢が飛んできた。脳天に突き立つはずのそれを、見もせずに手を差し出して庇う。矢じりが魔物の手の平を貫通したが、大した痛手になっているようには見えなかった。
(まだそんなに動けるのかよ!)
ディランは歯噛みした。ここまでの連携で仕留める手はずだったのだが、足りなかったようだ。誰も動き出さず、睨み合いが始まる。
(まずい)
光の檻は、徐々に輝きを弱めていた。沈黙の効果はそれほど長くは続かない。ディスガイザーはそれを知っているのか、積極的に攻めてこようとはしなかった。
今はこちらが有利だが、魔法が使えるようになったら一気に逆転されかねない。少なくとも、逃げ出すのを止めることはできないだろう。
今回、多少なりともディスガイザーにダメージを与えることができた。今までは人間にちょっかいを出し続けていたが、次からどうなるかは分からない。人に姿を変えられるこの魔物が本格的に逃げ隠れたら、見つけ出すのはほぼ不可能だろう。
「くそ……」
思わず声が漏れる。とにかく攻撃し続けるべきか、そう思ったのだが、
『魔法使うー?』
頭の中にラムの声が響いて、ぽかんとした。
「使えるのか!?」
ディランは小声で言った。てっきりディスガイザーに魔法を奪われたと思っていたのだが……。
『使えるよお』
とぼけた声も今は頼もしい。使う魔法を指示すると、ラムはぽんっ、と音を立てて人間の姿になった。ディスガイザーの視線が、こちらへと向く。
「
ラムの声と共に、ディスガイザーを中心として突風が吹き荒れた。風は、下から上に向いている。魔物の体が、なすすべもなく打ち上がる。
「戻れ!」
「はあい」
空中に現れた
恐ろしい苦悶の鳴き声をあげ、ディスガイザーの体が滅茶苦茶に変化し始めた。様々な人間の顔と体が次々に入れ替わり、粘土のようにぐにゃぐにゃと伸縮する。ディランは顔を
最後に真っ黒な人型に変わったあと、動きを止めた。恐らくは、これが本来の姿なのだろう。傷口からは、同じく真っ黒な液体がとめどなく流れ出ていた。
「倒したか」
「ああ」
ウォードとにやりと笑い合う。そうだ、セリアはどうなっただろう、とディランは彼女が隠れているはずの辺りに目をやった。なぜ姿を見せないんだろう。
「セリア?」
不安が喉からせり上がるような感覚に襲われ、ディランは走り出した。岩陰に、少女の小さな体が見えてくる。
「セリア!」
「だ、大丈夫……」
弱々しいながらも、はっきりとそう言った。辛そうに顔をしかめ、こめかみをぎゅっと押さえている。
はらはらしながら見ていたが、次第に落ち着いてきたようだった。立ち上がろうとするのに手を貸す。
「……
ぼそりと言うと、目の前に小さな火が現れた。ディランがはっとしてセリアの顔を見ると、安心したような笑顔が返ってきた。
「魔法、使えるようになったのか」
「そうみたい」
「……よかった」
ディランはまるでそうするのが当然だというかのように、ごく自然に少女の体を抱き寄せた。セリアは一瞬身を固くしたものの、拒むことはなかった。
その後、呆れ顔のウォードに突っ込みを入れられるまで、二人はしばらくそうしていた。
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