三章

第29話 再戦

 ディランたちは、再度山に足を踏み入れていた。今までの情報を総合すると、ディスガイザーはこの山脈の辺りをずっとふらふらしているようだ。どういう理由かは分からないが、発見されたのは木の無い場所ばかりだった。

 たまたまかもしれないが、重要なヒントだ。すれ違うのを防ぐためにも、ディランたちは森を避けて山道を進むことにした。空は一面の青空で、雨が降りそうな気配は微塵もない。

「ワイバーンに会ったらどうする?」

「もし隠れる場所がなければ、戦って追い返しましょう」

 セリアが重々しい口調で言う。

(戦うことになるかな)

 ディランは思った。周りには、大きな岩がごろごろと転がっている。横からならともかく、上からの攻撃を防げそうな場所はない。

「疲れたあ」

 ラムが愚痴る。いま通っているのは一直線に山脈を抜ける道で、かなり起伏が激しい。岩登りロッククライミングを強いられる場所も多々あった。ディランは苦笑しつつ言う。

「戻っててもいいよ」

「はあい」

 胸元に、ラムが嬉しそうに飛び込んできた。剣の姿に戻ったところを受け止め、鞘に納める。

「……便利な体ね」

 セリアはディランに岩の上に引っ張り上げられながら、辟易したように言った。体力的にきついようだ。ディランは苦笑しながら言った。

「剣のままで魔法が使えたら、ずっとこの状態でもいいんだけど」

『無理だよお』

 と、ラム。前を進んでいたウォードが、複雑そうな表情で振り返った。

「そうだな」

「あ、いや、その……ごめん」

 ディランがしどろもどろで謝ると、ウォードは肩をすくめて前を向いた。彼からすれば、なるべく人の姿で居てもらいたいだろう。

「でも実際、いつでも魔法を使えるようにしておいて欲しいし、そうすると剣は使えないし、そこまで便利ってわけじゃないね」

「もう一本ちゃんとしたのを買った方がいいんじゃないか?」

「その方がいいかもしれない」

 一応予備は持っているが、メインで使うには心もとない。お金が何とかなれば考えてみるかな、と思って、セリアに視線を向けてみた。

 だがセリアはじっと俯きながら歩いていて、今の話は聞いていなかったようだ。一瞬ふさぎ込んでいるのかと思ったが、どちらかと言うと単に疲れているだけに見える。ディランはこう提案した。

「セリア、もう少しゆっくり行く? どうせディスガイザーがどこに居るか分かってるわけじゃないし」

「……ワイバーンが居ないなら、そうしたいんだけど」

「さっさと進んだ方がいいか」

「多分」

「うーん……それにしても、一度休もう。ワイバーンに会った時に、へばってちゃまずい」

「……分かったわ」

 セリアは周囲を見回していたが、諦めたように立ち止まった。隠れられる場所を探していたようだ。

「水飲む?」

「ありがと」

 適当な岩を見つけ、二人で並んで座る。喉を潤したセリアは、息をついてしばしぼんやりとしたあと、苦しそうにこう言った。

「ごめんなさい」

「え?」

「私のせいで、こんな危険な仕事に巻き込んで」

「なに言ってんだ、仲間じゃないか」

「……うん」

 セリアは消え入りそうな声で言うと、こくりと小さく頷いた。いつもと違うしおらしい様子を見て、ディランは戸惑ってしまった。

「そ、それに、前回は俺が助けて貰ったわけだし……」

「おい、いちゃついてる場合じゃないぞ」

「いちゃついてって………いやそれはともかく、なにかあった?」

 慌てて立ち上がり、ウォードに目をやる。彼は道の左側にある山の上をじっと見据えていた。

「まさか……あ」

 ディランにも、ばさばさという羽ばたきの音が聞こえてきた。頂上の向こう側から、ワイバーンの巨体が現れる。

「ラム、魔法で攻撃を!」

「はあい」

 人の姿になったラムが、ぽん、と地面に着地する。そして、こてりと首を傾げた。

「なんの魔法?」

「……暴風ゲイル・ストームで山に叩きつけろ!」

「はあい」

 咄嗟の指示に、ラムは魔法の準備を始めたようだった。本当にそれでよかったのか分からないが、もう考えている時間は無い。こちらに気づいたワイバーンが、一直線に急降下してくる。

暴風ゲイル・ストーム

 いつもよりちょっとだけ気合の入った声で、ラムが呪文を唱えた。ごうっと大きな音を立て、目の前の空間に風が吹き荒れる。ワイバーンの軌道が急激に変わり、山肌に激突する。

「うわっ!」

 こちらにまで余波が来て、ディランは目元を腕で覆った。セリアが転びそうになっているのを、もう片方の腕で掴む。

(……使いどころ気をつけないとだめだな!)

 こっちまで吹き飛ばされかねない。だが何にせよ、かなり役に立つと言うことは分かった。この魔法を避けるのは非常に難しいだろう。

 ワイバーンはふらふらと頼りなく飛び上がった。この場から離れようとしているようだ。このまま逃がそうかとも思ったが、仲間を呼ばれたりすると厄介だ。

「よし、もう一回だ!」

「ちょっと待ってえ」

 ラムがぺたりと地面に座り込む。どうやら、かなり疲れる魔法らしい。

 その間に、ワイバーンはばたばたと飛んで行ってしまった。戦意が全く感じられないし、このまま逃げるつもりだろう。万が一にも引き返してこないかと魔物の行く先を見守っていたディランだったが、

「へ?」

 次の瞬間、驚愕に目を見開いた。下から飛んできた大きな岩が、ワイバーンをかすめるように激突し、通り過ぎていった。相当な勢いだったようで、一部が潰れたワイバーンの巨体が、くるくると回転しながら落ちていく。

 ディランは岩が飛んできた場所を見極めようとしたが、山肌の向こう側に隠れている。冒険者なのか、それとも……。

「見に行きましょう」

 セリアはそう言うと、唇をぎゅっと引き結んだ。ディランはウォードと視線を交わし、頷き合う。

 四人は山道を静かに進んだ。もしワイバーンを倒したのがディスガイザーなら、敵関知の魔法でどっちにしろ気づかれるかもしれない。が、念のためだ。

 道は、正面の大岩を右から回り込むように蛇行していた。そこを超えれば、岩が飛んできた辺りが見えるはずだ。ウォードが先行して、向こう側を覗き込んだ。

 彼の手招きに応じて、ディランたちも岩からほんの少しだけ顔を出す。その先の光景を目にして、ディランは嫌悪に顔をしかめた。

 冒険者のような姿をした何者かが、ワイバーンの死体にかぶり付いていた。口だけが異様に変形して、顔の半分を占めるほどに大きくなっている。どう考えても、人間ではありえない。

 不意に、ディスガイザーが顔を上げてこちらを見た。もっと前から気づいていたのか、全く驚く様子も無く、にやりと笑う。

 すると、その外見がにじむように曖昧あいまいになった。そのすぐ後に、新しい姿が現れる。

「こいつ……!」

 自分と同じ姿、それも所々が劣化し、口元に下品な笑みを浮かべた魔物を見て、セリアは悔しそうに奥歯を噛み締めた。

「行くぞ、作戦通りに!」

 ディランは声をあげ、ウォードと共に走り出した。

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