第28話 決意

 山道を歩きながら、セリアの身に起こったことについて詳しい話を聞いた。彼女が言うには、額を触れられた瞬間、魔力を根こそぎ持っていかれるような感覚に陥ったらしい。それからは、魔法を使おうとしても全く発動しないということだった。

 王都に戻ると、真っ先にマリーに相談に行った。彼女の師匠に助けを求めるためだ。ディランたちが知っている中で、最も実力のある魔術師が彼だった。

「いいけど」

 現状と、師匠を紹介して欲しい旨を説明すると、マリーはこてりと首を傾げて言った。

「そういうの苦手って言ってたかも」

「そういうのって?」

「呪いみたいなの?」

「……とりあえず、相談だけさせてもらってもいい?」

「うん」

 マリーは頷いた。

 彼女の案内で屋敷にお邪魔し、師匠に話を聞いてもらうことはできた。だが彼は、渋い顔をして言った。

「また面倒な話を持ってきおったな」

「す、すみません。でも、あなたしか頼る人がいないんです」

 ディランは必死の思いで訴えた。しかし、老人は手を振りながら言った。

「人の体をどうこうするのは、専門の魔術師でないと無理だ。私に出来ることは何もない」

「……。なら、分かる人を紹介してくれませんか?」

「それは構わん。だが金はあるのか? 魔剣の修復の何倍も高いぞ」

「以前あなたに払った額の?」

 エヴァを直してもらった時のことを思い返す。あの時は手持ちでぎりぎりだった。今なら結構余裕があるから、数倍なら払えなくはないが……。

 そう思っていたのだが、老人は首を振った。

「違う。魔剣技師に払う正規の額の話だ。私が受け取った額の数十倍だと思えばいい」

「それは……」

 ディランは絶句した。さすがに払えない。

「あいつらの客はほとんど貴族か、もしくはごく一部の名の知れた冒険者だからな。貧乏人など相手にしていない」

「……」

 ディランは絶望的な思いで項垂うなだれた。セリアはぎゅっと唇を引き絞って、泣きそうな顔をしていた。

「これを売れば足りるんじゃないか」

 ずっと黙っていたウォードが、ぼそりと言った。彼は、腰に差した漆黒の剣を指さしていた。セリアが驚いたように言う。

「せっかく手に入れた魔剣でしょ?」

「仲間の方が大事だろう」

 彼は少し寂しそうに笑っていた。

 それなら自分が持つ魔剣を売った方が、と言いかけ、ディランは思いとどまった。それは、ラムと別れるということを意味していた。どちらにしろ、一番悲しむのはウォードだ。彼にとっても、自分の剣を売った方がましだと思ったのかもしれない。

「他に手は無いんですか?」

 ディランは懇願するような視線を老人に送る。彼は渋い顔で少し考えたあとに、こう尋ねた。

「何故そんなことになった?」

「それは……」

 山での出来事を話す。説明を終えると、しばらくの沈黙ののち彼は言った。

「魔法を奪われたのかもしれんな」

「ディスガイザーにですか?」

「そうだ。他人の魔力と魔法を奪い取る魔物が居るはずだ。ディスガイザーにも可能だとは初めて聞いたが」

 それを聞いたセリアが、沈んだ口調で言った。

「確かに、私が習ったばかっりの疾速の翼クイック・ウィングの魔法を使ってたわ。氷の刃アイス・ブレードも、誰かから奪ったのかもしれない」

「そういうことか……」

 ディランはうめいた。それが本当だとすると、これからもどんどん新しい魔法を手に入れてしまうかもしれない。

「魔法を奪う魔物の方なら、殺せば取り戻せる」

「えっ」

 その言葉に、ディランは顔を輝かせた。

「ディスガイザーがどうかは知らんが」

「可能性はありますよね?」

「そうだな」

 老人はため息をついた後、言葉を続けた。

「私に言えるのはこれぐらいだ。あとはそっちで考えるんだな」

「分かりました」

 丁寧に頭を下げ、ディランたちは屋敷を後にした。


 ディスガイザーの能力についてギルドに報告に行ったところ、ギルドは既にその情報を入手していた。ディランたちが戦ったすぐ後に、他の冒険者パーティが遭遇したらしい。残念ながら、取り逃がしたようだ。

 ワイバーンを避けるため、安全な森の道を通ってきたディランたちと違って、そのパーティは最短距離で帰ってきた。だから、ディランたちより早くギルドに報告できたようだ。

 ここは、ギルドの奥まった場所にある小さな部屋だ。隣にはセリアが、目の前にはギルドの職員が座っている。ウォードには、別の場所で情報収集を頼んでいる。

「実力のあるパーティなんですね」

「そうです」

 ディランの疑問に、ギルドの職員が頷く。少なくとも、ワイバーンぐらいは怖くないということだ。嫌な予感に捕らわれつつ、重ねて質問する。

「そのパーティにも魔術師は居たんですか?」

「はい。多くの魔法を操る優秀な魔術師の方だったのですが、今は全く使えなくなっているようです」

「……そうですか……」

 つまり、ディスガイザーはさらに多くの魔法を手に入れたということだ。ディランは頭を抱えた。

 どんな魔法が『奪われた』のかを詳しく聞くと、強力な攻撃魔法だけでなく、防御魔法まで含まれていた。さらには、敵の感知のための魔法まであるようだ。これで奇襲することすら難しくなった。

 魔法に加えて、敵の身体能力もかなり高いようだ。ディランが剣を避けられたのと同じく、そのパーティも全く攻撃を当てられなかったらしい。

 職員は、続けてこう言った。

「危険性をかんがみて、あの魔物の退治依頼は、受けられる冒険者のランクに制限を付けることにしました」

「えっ」

 ディランは目を見開く。

「じゃあ俺たちが今受けてる依頼は?」

「既に依頼を受けているパーティは、特例として魔物退治後に報酬を受け取ることができます。基本的には放棄をお勧めしますが……」

「……」

 職員の提案に、ディランは黙り込んでしまった。普通なら放棄してもいいのだが、今回はセリアの件がある。無視はできない。

 とは言え、ランクに制限がかかったということは、ディランたちぐらいの実力では敵わないとギルドが判断したということだ。実際、さっき聞いた新しく手に入れた魔法のことを考えると、ディラン自身も同意見だ。

(俺たちが倒す必要は無いけど……)

 他の人が倒してくれればそれでいい。だがランク制限が付くと、誰かが依頼を受ける可能性は下がる。ちょっと考えたあと、ディランはこう言った。

「報酬の額はどうなります?」

「それは変わりません」

「……なぜ?」

 不審げに聞き返す。ランク制限が付く上に報酬も変わらないでは、ますます依頼を受ける人は少なくなる。すると、職員はこう言った。

「魔法が使えなくなる以外の被害が出ていないんですよ。元々、人を襲う性質を持った魔物では無いのかもしれません。下手に刺激しない方がいいのでは、という意見も出ています」

(そんな馬鹿な!)

 ディランは唸った。あいつは明らかに人を襲うのを楽しんでいた。被害が出ていないのは、たまたまとしか思えない。

 文句を付けようと口を開く前に、今まで黙っていたセリアがこう言った。

「分かりました、ありがとうございました」

「はい」

 職員は頭を下げると、部屋を出ていった。

 ディランは静かに嘆息した。どうやら他人が倒すのを待っているわけにもいかないようだ。

「作戦を練らないとな。どうやってあいつを倒すか」

「……いえ、やめておきましょう」

 感情を押し殺した重い口調で、セリアが言う。ディランは思わず眉を寄せた。

「やめるって、何を?」

「ディスガイザー退治を」

「……え?」

 ディランはぽかんとしてセリアの顔を見た。一瞬聞き間違いかと思ってしまったほどだ。彼女は無表情にじっと前方を見つめていて、目を合わせようとしない。

「私たちがかなう相手じゃない」

「でも、セリアの魔法を取り戻さないと」

「誰かが倒すのを待てばいいでしょ」

「いやいや、さっきの話聞いてただろ? 俺たちにしては報酬が高い依頼だったけど、上のランクであれだと誰も受けないよ」

「そんなの分からないでしょ」

 セリアは頑なだった。なんと言って説得すべきか分からずに、ディランは沈黙した。

「べつに魔法が使えなくたって死ぬわけじゃないし。命を賭けるほどじゃない」

「そりゃあそうかもしれないけど」

 本人がそう言うなら……と一瞬思ったディランだったが、次の台詞を聞いて顔色を変えた。

「……もし私が足手まといだったら、パーティから外してくれていいから」

 絶句するディランを置いて、セリアは席を立つ。そっぽを向いて、部屋から出ようとしている。ディランは何か強い衝動に突き動かされるようにして、乱暴に立ち上がった。

「馬鹿なこと言うな!」

 感情のままに叫び、少女の華奢な腕を掴んで強引に振り向かせた。セリアは心底驚いた顔をして、見開いた目でディランを見返していた。

「セリアをパーティから外すなんて、あり得ない」

「で、でも、魔法が使えない私なんて、何の役にも……」

「セリアと離れるだなんて、考えられない」

 真剣な表情で言うと、少女の顔はみるみるうちに赤く染まっていった。ディランは空いた手で、もう一方の腕を掴む。一瞬、相手の体はびくりと震えたようだった。

「一緒にあいつを倒す方法を考えよう。きっといい手があるはずだ」

「……わかった」

 セリアは真っ赤になって俯いた。

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