第27話 雨の中の戦い
ディランが翌朝目を覚ますと、雨がしとしとと降り続いていた。旅人と冒険者にとって、雨は天敵だ。恨みがましく空を見上げたが、どうにもならない。
「今日は
同じく空を見ていたセリアが言った。真っ黒な雲が垂れこめ、今にも落ちてきそうだ。
「そんなに強くは無いし、マントを被ればよさそうだけど……」
ディランはちらりと後ろを振り返った。困ったように顔を歪めるウォードの隣には、小さな子供の用にぐずるラムの姿があった。
「雨やだあ……」
異常なほど雨を怖がっている。どうやら濡れるのが嫌なようだが、剣の刃が錆びたりするのだろうか。人の姿を取っている時なら、あまり関係は無さそうだが……。
ディランはセリアにちらりと視線を送りつつ言った。
「待機する?」
「止むとは限らないわよ。それに、水も食料もそんなに多くは残ってないでしょ」
さほど王都から離れていなかったので、最悪すぐに戻れるということで、あまり余分には持ってこなかったのだ。失敗したかもしれない。
「……ウォードとラムはここに置いて、俺たち二人でディスガイザーを探しに行くとか」
「それで返り討ちにあったらまるっきり馬鹿みたいじゃない」
「そうだよな……」
ディランは腕を組んで考え込んだ。
ウォードを連れて行かないという選択肢は無いだろう。だが、ラム一人をここに置いていくわけにもいかない。
いや、剣の状態で上手く隠せば問題ないだろうか。もしくは、鞘に納めた状態で連れて行って、抜かずに戦うとか。
一応
それに、ラムの魔法のサポートを受けられないと、結構な戦力減だ。セリアの
そこまで考えて、一つのアイデアが頭に浮かんだ。ダメもとでラムに聞いてみる。
「こういう時に役立つ魔法は無いの?」
「うー?」
「濡れなくなるような」
「わかんないー」
ラムは眉根をぎゅっと寄せていた。ディランも同じような顔になって考える。
(
一瞬そう考えたが、多分駄目だろう。あれはそんなに長期間維持できないはずだ。もっと長持ちする風系の魔法があればいけるかもしれない。
すると、ウォードが出し抜けにこう言った。
「ラムが使える魔法なら一通り説明できるが、言うか?」
「……なんで知ってるんだ?」
「見張りの時に少しずつ聞いてたんだよ。いつか役に立つかもしれないと思ってな」
「マメだな……」
ディランは少し驚いた。そんなことを話していたとは。
ウォードの情報を元に三人で議論した結果、
怖がるラムをなんとか
「滑らないように気をつけてね」
セリアが釘を差す。結構長い間降っていたようで、そこら中に水たまりができている。それらに目をやりながら、ディランはぽつりと言った。
「こんな状態で戦うのは大変そうだな……」
「相手も同じだろ?」
「まあ、そうだけど」
ウォードの意見に首肯する。遠くから攻撃できる分、足元が悪いと魔法が有利なのはあるだろうが、こちらにもラムとセリアの魔法がある。
(ん? 魔法?)
ディランはふと嫌な予感がした。風の盾を使わせていたら、ラムは他の魔法を使えないが、大丈夫なんだろうか。いや、
「待て!」
しかし、考える時間はあまり無かった。先頭を歩いていたウォードが、立ち止まって前方を睨み付けている。その先には、冒険者風の格好をした若い男が、へらへらとした笑みを浮かべて立っていた。
「お前は冒険者か?」
ウォードの問いかけに、相手は答えない。どっちだ、とディランは焦燥感を覚えながら睨み付ける。だがその直後、セリアがはっとした表情で叫んだ。
「人間じゃないわ! 服が濡れてない!」
白い塊が、相手の――ディスガイザーの体の周囲に生成されていくのが見えた。ディランはすぐ近くにいたラムの腕を引っ張り、
無数の小さな氷の刃が向かってくる。ほとんどは風の盾に吹き散らされたが、いくつかは隠れている岩のすぐそばを通り過ぎていった。
(数が多すぎるんだ)
風は全ての刃の軌道を変えている。が、別の場所に飛んでいったものの一部が、偶然こっちに飛んできているのだ。とにかく広範囲に撒き散らされている。
氷の刃は途切れなく飛んでくる。普通ならすぐに息切れするはずなのだが、人間が使うのとは違うのだろうか。
(二人は大丈夫か?)
岩陰から少しだけ顔を出したディランは、セリアの姿を見て息が止まりそうになった。ぺたりと座り込んだセリアは、苦しそうな表情で山肌にもたれかかっている。よく見ると、押さえた脇腹から血が流れ出していた。
(くそっ!)
早く魔物を倒して治療しなくては。だがこの刃の嵐の中に飛び出すのは自殺行為だ。ラムを説得して、魔法で攻撃させるか?
不意に、氷の刃が飛んでこなくなった。ディランはすぐに気づいて、ラムに向かって手を差し出す。
「戻れ!」
「え、やだあ……」
「うえ!?」
ディランは顔を引きつらせた。そうだ、剣の姿に戻ったら風の盾の魔法は切れてしまうし、そうすれば結局濡れてしまう。そのことを全く考えていなかった。
そうこうしているうちに、ウォードが先に行動を起こしていた。魔物に肉薄したウォードは、走り込んだ勢いのまま剣を振り下ろす。外しようのない距離で繰り出された一撃は、だが地面に叩きつけられた。
「なにっ!?」
驚愕の表情で固まるウォード。剣の先は、魔物の足元にめり込んでいる。相手は少しも動いていない。
(幻影か!)
予備の短剣を構え、ディランが走り出す。あれが幻影だとするなら、本体が向かいそうな場所は……。
「あっ」
セリアが声をあげた。さっきまで見えていた魔物の姿が消え、突如彼女の目の前に現れたのだ。魔物が手を伸ばすのと、追いついたディランが相手の背中に剣を振るうのは、ほぼ同時だった。
見えていないはずなのに、魔物は踊るようにひらりと身をかわす。ディランがちらりと視線を動かすと、セリアはぎゅっと目を瞑って身を縮こまらせていた。
「逃がすなよ!」
ウォードが叫ぶ。彼はディランから見て魔物の向こうの方に立っている。挟み撃ちの形だ。崖に挟まれたこの山道では、容易には逃げられない。
先に攻撃を加えようとしたディランだったが、魔物に起こった変化を見て固まってしまった。奴はその姿を、セリアのものに変えたのだ。顔には邪悪な笑みが浮かんでいる。本物では無いと分かっていても、これを斬るのは勇気がいる。
「うっ!?」
次に起こったことを目にして、ディランは
咄嗟に横に跳んだディランの真横を、岩が
「待った! 追いかけるな!」
後を追おうとしたウォードを引き止める。
セリアの呻き声が聞こえて、慌てて振り向く。彼女の顔は真っ青になっていた。
「大丈夫か、セリア!」
「……傷は深くない、けど……」
「けど?」
ディランはぞっとして聞き返した。毒にでもやられたのかと思ってしまったのだが、そうでは無かった。
「……あたし、魔法使えなくなったみたい」
セリアは絶望的な表情で言った。
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