第26話 山道

 ウォードの同意も得られ、ディランたちはディスガイザー退治の依頼を受けることになった。魔物についてギルドで詳しく話を聞くと、どうも氷の刃アイス・ブレードの魔法を使って攻撃してきたようだ。出会った駆け出し冒険者パーティがすぐに逃げたため、他の魔法も使うのかどうかは分からない。

 魔物が発見されたのは、赤竜レッドドラゴンが居る山脈らしい。王都に来る時にディランたちが通った道の途中だ。

 ワイバーンが怖いので、前回と同じくなるべく長く森の中を通るようにした。木の下に隠れつつ、慎重に進む。

 だがやがて木は減っていき、完全に無くなった。今のところ、空を飛ぶ者の姿は無い。ディランはぽつりと言った。

「ワイバーンには会わずに済ませたいね」

「今なら倒せるんじゃないか?」

 剣の柄を握りながら、ウォードがにやりと笑った。またセリアが怒るんじゃないかとディランは気を揉んだが、彼女は意外にもこう言った。

「逃げるより倒した方がいいかもね」

 セリアは道にある大きな岩に目をやりながら言った。なるほど、は多そうだ。

 ディランはふと思いついて言った。

「レッドドラゴンは襲ってこないよな?」

「無いでしょ。……多分」

 セリアは若干自信なさげに付け加えた。見逃してくれるような気はするが、果たしてドラゴンに人間の区別が付くのだろうか。

 しばらくは、山間やまあいに魔物の影を見ることもなかった。「おなかすいたあ」などとラムがじたばたしていた以外、特に変わったこともなかった。

 だがその日の昼すぎ、大きな問題にぶつかった。垂直に近い山肌と崖に挟まれた、狭い道を進んでいた時のことだ。

 回り込むように大きな岩を超えた先で、突然道が無くなっていたのだ。すっぱりと切り落とされたかのように、地面が消失している。

「行き止まり?」

 ディランは眉を寄せて言った。同じような顔をしたウォードが、仲間たちに目をやる。

「道を間違えたのか?」

「ちょっと待って」

 セリアは荷物から地図を取り出し、食い入るように見つめていた。時折周りを見回したり、道が消えた先を凝視したりしている。

「間違っては無いわね。あれを見て」

 彼女は前方を指さした。だいぶ先の方で、再び道が復活していた。こちら側と同じように、すっぱりと切り落としたようになっている。

「道の続きがあるでしょ。ここからあそこまで、崖が崩れたのね」

「なるほど」

 ディランは間にある山肌に目をやった。確かにその辺りだけ、削れて落ちていったようになっている。崖下を覗き込んでみると、土や岩が下の方で溜まっていた。

「で、どうすんだ?」

「そうね……」

 ウォードの問いかけに、セリアは口元に手をやって考え込んでいた。ディランは、はっと気づいたように言った。

疾速の翼クイック・ウィングで飛んでいけるんじゃないか?」

「危ないわよ、そんなの」

 だが、即座に否定されてしまった。

「そう? 命綱を付ければ、万が一崖から落ちても大丈夫なんじゃ?」

「落ちるならまだいいけど、下手したら岩に叩きつけられるわよ」

「そりゃあ困るな」

「人を飛ばすような魔法じゃないの。もっと広い場所ならともかく」

 ウォードの言葉に、セリアは肩をすくめて返す。

(うーん、いい考えだと思ったんだけどな)

 ディランは残念そうに息を吐いた。

 すると、彼らの会話を横で聞いていたラムが、突然こう言った。

「飛びたいの?」

「そうだよ。飛行フライの魔法でも使えるのか?」

 ディランは期待のこもった視線を向ける。だが、彼女はふるふると首を振った。

「使えないよお。でも、暴風ゲイル・ストームなら使えるー」

「……ちゃんと飛ばせるの? それ」

「たくさん飛ぶよお」

 妙に自信に満ちた表情で、ラムが言った。ほんの一瞬、任せてみようかなどどディランは思ってしまったが、セリアが横から口を挟んだ。

「ちょっと、暴風の魔法で飛ぶとか冗談やめてよね。全員崖の下へ真っ逆さまよ」

「だよな……」

 ディランは肩を落とす。風に乗って飛ぶなんて、楽しそうではあるのだが……。

 すると今度はセリアが案を出した。

「そう言えば、ラムは鉤と縄フック・アンド・ロープ使えるじゃない。それで渡ればいいんじゃないの?」

「あっ、そうか」

 ディランはぽんと手を打った。すっかり忘れていた。

「……いや待てよ。ロープの上を歩くってことか? 難しくない?」

「上にも一本出して、手で持ちながらいけば大丈夫でしょ」

「それならいっそのこと、下もたくさん出した方が……」

 と、二人で崖を超える方法について話し合いを始めた。


 結局、安全のためロープを何本も出し、かつ互いに命綱を付けて渡ることになった。ウォードは堂々と、ディランとセリアは慎重に、そしてラムは普通の道と同じように軽々と渡っていった。

 やがて、駆け出し冒険者がディスガイザーと出会った辺りまで来た。周りには木もなく、もし近くに居ればすぐに分かりそうだったが、怪しい影は見えなかった。

 ディスガイザーの身体能力は人間と大差ないはずなので、移動するならディランたちと同じ道を通るだろう。まだこの辺りに居るなら、どこかですれ違う。

 しかし結局、その日は見つけることができなかった。浅い洞窟を見つけて、四人は野営することにした。

 見張りは、ディランとセリアの二人が先にやることになった。ラムは即座に寝入っていたのだが、ウォードは「剣を振らないと勘が鈍る」と言って、素振りのため外へと出ていった。

 彼の後姿を見ながら、ディランはぽつりと呟いた。

「元気だな……」

「毎日よくやるわね」

 セリアは呆れたような、感心したような声で言った。ディランも同じような心境だった。前から熱心に鍛錬をしてはいたが、新しい剣を手に入れてからさらに増えた気がする。

「強くなることが願いだって言うだけあるな」

 ラムに願いを聞かれた時のことを思い出しながら言った。セリアは無反応だ。ちらりと目を向けると、彼女は何も無い洞窟の壁をじっと見つめていた。

「ディランは願い、ないの」

 言葉に詰まる。セリアと同じだと言ったはずなのだが、しっかり見破られていたようだ。

「……考えたことも無かったんだよ」

 ディランは正直に答えた。「そう」とセリアはぽつりと言ったあと、気分を変えるように明るく話しだした。

「魔法を習いに行った時の話なんだけどね」

「うん」

 その日は見張りを代わるまで、二人はずっとお喋りしていた。

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