二章

第25話 力試し

 王都の正門を少し出たところで、ディランは先ほどからそわそわと歩き回っていた。先ほどまでラムと戯れていたウォードも、今はディランを呆れたような目で見ている。今日は、セリアが帰ってくる日だ。

 魔法を習いに行っている間は寮のような所に泊まっていたので、もう何日も顔を合わせていない。こんなに長期間離れていたのは久しぶりだ。

(魔法はちゃんと覚えられたのかな)

 そこが一番心配なところだ。ある魔法を覚えられるかどうかは、魔術師としての実力がどうとか言うより、相性の問題が大きい。相性を調べる方法もないので、とにかく運を天に任せてやってみるしかない。

 覚えられなくて落ち込んでいたら、どんな言葉をかけてやればいいのだろうか。旧地下水路での会話を思い出して、余計に緊張してきた。

 くるりと後ろに向き直ったところで、ディランは硬直した。久しぶりに会うセリアが、訝しげな表情でこちらを向いていたからだ。全くの不意打ちだった。

「何やってんのよ」

「いや、べつに、何も……どうだった?」

 様子を見ながら聞く予定だったのに、いきなりストレートな質問をしてしまった。身構える間もなく、セリアはあっさりと言った。

「ばっちりよ」

「そうか」

 ディランは深く息を吐いたあと、弛緩した笑みを浮かべて言った。

「おめでとう」

「ありがと」

 輝くような満面の笑みを顔に浮かべ、セリアは嬉しそうに言った。可愛いね、とディランは危うく口に出しそうになった。

 何も言えずに硬直していると、セリアは急に恥ずかしそうに顔を歪めた。

「な、なによ」

「い、いや……」

 ぶるぶると首を振ったあと、取り繕うように言った。

「次の仕事でも探しにいく?」

「その前に、覚えた魔法を見て欲しいの。仕事を決める参考になるでしょ」

「そうだね」

 小さく頷く。セリアは新しい魔法を使いたくてうずうずしているようだ。

 街道から離れて草原に入り、適当な大きさの岩を探す。セリアはそれを色んな方向から観察したあと、仲間たちに言った。

「離れててね」

 岩をじっと身ながら、時折遠くに目をやっているようだった。やがって、大きく息を吸い込み、

疾速の翼クイック・ウィング!」

 魔法を発動させると、岩がふわりと浮き上がった。次いで、斜め下へ向かって勢いよく飛んでいく。遠くにある別の岩にぶつかると、すごい音と共に両方とも割れた。

「……ふう」

 セリアはうっすらと汗をかいた額を拭う。やはり、着火イグナイトと魔法などと比べると、だいぶ疲れるようだ。

 岩の残骸を見に行くと、もう元々どっちの岩だったか分からないほど混じって散らばっていた。ぶつかる直前には、かなりの勢いがついていたのが分かる。

「すごい威力だな」

「ええ。でも制御するのが大変なのよ。動く的に当てるのは結構難しそうね」

「いや、それでもすごいよ」

 ディランは素直にそう言った。使い勝手はともかく、威力だけならマリーが操る魔法よりも高そうだ。当てさえすれば、ワイバーンすら落とせるんじゃないかと思った。さすがに赤竜レッドドラゴンは無理だろうが……

「魔物退治にでも行ってみようか」

「お、力試しか?」

「そうだな……」

 嬉しそうなウォードの顔を見ながら考え込む。多少は強い魔物に挑戦してみてもいいかもしれない。

「とりあえず依頼を探してみましょ。ちょうどいいのがあればいいわね」

「ああ」

 四人は王都に戻り、ギルドへと向かった。


「任せた」

 いつもの台詞とともに早速ラムを連れて行こうとするウォードに対し、ディランは飽きれたように言った。

「たまには探せよ」

「俺なんか居ても居なくても大して変わらないさ」

「うーん……」

 潔いと言うかなんと言うか。とにかく参加する気は無さそうだった。ひらひらと手を振って、二人でどこかに歩いていく。

「放っておきましょ。いちゃいちゃするのに忙しいんでしょ」

「ま、まあセリアがいいならいいけど」

 ウォードの言動に文句を付けることの多いセリアだが、ラムに関することだけは黙認というか、放置しているようだった。どういう心境なんだろうか、とディランは少し不思議だった。

 掲示板に目を向けると、あの木の魔物の依頼がまだ出ていることに気づいた。また受けてみたい気もしたが、新しい魔法を試してみるにはちょっと弱いだろう。

「……ディランも」

 不意に、セリアがぼそりと言った。

「ああいう大人の女性が好みなの?」

「へ!?」

 ディランは驚いてセリアを見た。彼女はあっちを向いていて、表情はうかがえない。

「どうなのよ」

「どうって……え、ラムのことだよな? そもそも大人って感じじゃないだろ?」

「見た目は大人でしょ。それに、エヴァにもデレデレしてたじゃない」

「で、デレデレって……」

 そんなつもりは全くなかったのだが、他の人からはそう見えていたのだろうか。

 顔が見えないにも関わらず、セリアから大きなプレッシャーを感じる。ディランは十分に時間をかけて考えたあと、正直にこう答えた。

「俺は、同じぐらいの歳の子が好きかな」

「……そっか」

 心底ほっとしたような、柔らかい声が返ってくる。普段の強気なセリアとは違うその声を聴いて、どきっとしてしまった。

「早く見つけて戻ろう」

 動揺を隠すように、ディランは掲示板に顔を近づけた。すると、とある一枚の依頼書が目に留まった。

「……んん?」

 報酬の額が、周りと比べてかなり多い。見間違いかと思って数え直したが、やはり合っている。どうやら魔物退治の依頼のようだ。

変装屋ディスガイザーの退治?)

 ディランは首を傾げた。それにしては報酬が多すぎるような……。

 他者の姿と技術を真似ることのできるディスガイザーは、注意すべき魔物ではあるが、それほど危険度が高いとは考えられていない。より厄介な魔物であるドッペルゲンガー――区別が全く付かないほど完璧に他者をコピーできる――と比べると、『真似』の精度はそれほど高くないし、記憶や人格までコピーするわけでもない。

(ん?)

 よく見ると、依頼書には注意書きがあった。どうやらこのディスガイザーは、普通のやつとは違って魔法を使ってくるらしい。他にも未知の能力を持っている可能性があるので注意、とも書かれている。駆け出し冒険者によって一度発見されただけで、場所も曖昧あいまいなようだ。

「それ、気になるわよね」

「ああ」

 セリアの言葉に頷く。情報不足のところがあって少し怖いが、報酬の高さは魅力的だ。情報不足とは言っても、未踏の地を行くのが基本のダンジョン探索と比べればマシだろう。

「受けてみる?」

「そうだね。二人に反対されなければやってみよう」

 ディランは依頼書をがし取ると、まだラムと話しているはずの、ウォードの姿を探した。

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