第24話 前進

「案外稼げたわね」

「少し簡単すぎたな」

「いいことでしょ」

 報酬を受け取ったあと、四人はギルド併設の飯屋で夕食を取っていた。味はいまいちだが、とにかく安くて量が多い。ラムが味に大してこだわらないので、最近この店によく通っていた。

 森には数日こもって、予定よりも多くの魔物を狩ることができた。単価はさほど高くないが、塵も積もればというやつだ。それに最近実入りが全く無かったので、多少なりともお金が入って、何となくほっとした気分になっていた。

 ディランはセリアの顔にちらりを目をやった。彼女は、ウォードになにやら小言を言っていた。いつも通り、変わったところは何も無いように見える。

 森で弱音を吐いていたのが嘘のようだ。無言の気まずい夜のことを思い出す。

(そう言えば、ウォードとラムは二人で何を話してるんだろうな)

 などと考えてみたが、いまいち想像がつかない。あのウォードが、ラムを楽しませるような話題を提供しているのだろうか。それとも話を聞いているのか。

 いや、そんなことより、とディランは思った。セリアに話したいことがあるのだ。お節介かとも思ったが、何日も考えた末の結論だ。

「なあ、セリア」

「なに?」

 セリアが横目でこちらを見た。心なしか、若干警戒しているようにも見える。

「いい機会だし、新しい魔法を覚えてみない? 金と時間があったらやってみたいって、前に言ってただろ?」

「……そうね」

 一瞬言い淀んだようでもあったが、反論することもなく素直に頷いた。ディランは心の中で、大きな安堵のため息をついた。

「どんな魔法を覚えるんだ?」

 パンを頬張るラムの口元を拭いてやりながら、ウォードが言った。セリアは口元に手をやって考え込む。

「何がいいかしらね」

疾速の翼クイック・ウィングはどうかな? あれなら攻撃にも使えるし」

 ディランはあらかじめ考えていた意見を言った。疾速の翼は、任意の対象を飛ばすことができる魔法だ。飛行フライと違って細かな制御はできないが、その代わり対象は自分に限らない。重い物を飛ばしてぶつければ、かなりのダメージを与えられる。

「使える場所は限られるでしょ?」

 彼女の言う通り、ぶつける物が無いと意味が無い。制御が甘いので、剣を飛ばして刺すなどということも難しい。とにかくでかくて当てやすいものが必要だ。だがディランはこう言った。

「そこは着火イグナイトと使い分けてもらって」

 着火の魔法を使った火矢は便利だし強力だが、森の中なんかでは燃え移るのが怖い。そういう場面で使えるんじゃないかと考えていた。

 それに、疾速の翼の最大の利点は、重い物さえあれば誰でも高い威力が出せるところだ。普通の攻撃魔法だと威力が出せないセリアには、ぴったりの魔法だった。

 少し考えたあと、セリアは頷いた。

「そうね。使えるようになるか分からないけど、習いに行ってみる」

「うん」

 ディランは口元を緩めて言った。これで、自信を取り戻してくれるといいのだが……。

「……ありがと」

 消え入りそうな声で、照れたようにセリアが言った。ディランは一瞬息を呑んだあと、顔を赤くして小さく頷いた。


 セリアが魔法を覚えに行っている間、ディランたちは簡単そうな魔物退治をいくつか受けていた。ちなみに例の木の魔物退治の依頼は、まだ依頼掲示板に貼られたままだ。難易度のわりにはまあまあ報酬が美味しく、既に何組ものパーティが依頼を完了させているはずなのだが、掲示板に貼り直され続けているようだ。どうもかなり増えているらしい。

 今日は、王都の旧地下水路に巨大ねずみ退治に来ていた。もう全く使われていないのだが、ふさぐこともできずに魔物のたまり場になっている。場所が場所なので、常に退治依頼が出ていることで有名だ。

 巨大ねずみは、大型犬ほどのサイズのねずみだ。主に体当たりで攻撃してくる。大きくなった弊害なのか、かじる力はそれほど強くはない。さほど危険な魔物では無いのだが、

「すまん、一匹逃がした!」

「うえ!?」

 ちょろちょろと動き回る二匹のねずみに翻弄ほんろうされていたディランのもとに、さらに追加がやってきた。とにかくすばしっこく、また数が多い。

 また攻撃をかわされ、ディランは歯噛みした。いくら剣が優秀でも、当てられなければ意味が無い。自分も気合を入れて剣の講習でも受けに行くべきだろうか。セリアにお節介を焼いている場合では無かったかもしれない。

『魔法つかうー?』

「いや、大丈夫だ」

 頭の中の声に答える。頼りっぱなしはよくない。

 どんどん集まってきたねずみたちをようやく片付け終えた頃には、もうすっかり日が暮れていた。とは言ってもここでは日など見えないので、時間の上では、ということだが。

 二人は水路の脇に小さな部屋を見つけ、そこで一夜を明かそうとしていた。大昔は倉庫だか管理部屋だかに使われていたらしいが、今は何もない空っぽの部屋だ。

 毛布を引いたと思ったら、ラムはすぐに眠りについてしまった。相変わらず寝つきがいい。ウォードは穏やかな笑みを浮かべて、ラムの頭を撫でていた。

 その様子を横で見ていたディランは、思い切って聞いてみた。

「なあ、ウォード」

「なんだ?」

「……ラムのこと、どう思ってるんだ?」

「さあ」

 返答に詰まるかと思ったら、あっさりとそう返された。ディランは拍子抜けしたように言った。

「さあってなんだよ」

「正直言うと、俺にもよく分からん」

「……そうか」

 ディランは言葉を切った。

 装備と鍛錬のことしか頭に無かったウォードが、他人に興味を持つのは好ましいことなのかもしれない。だが相手は、いくら人間のように見えても魔道具、魔剣なのだ。本物の人間のように扱うのは、どこか危ういようにも感じられた。もっとも、自分の勝手な考えかもしれない。

 不意に、ウォードが言った。

「そう言うお前はどうなんだ?」

「俺?」

「セリアのことだが」

「なんでセリアが出てくるんだよ!」

 ディランは思わず大声で返してしまった。すると、寝ていたはずのラムががばりと身を起こした。

「ふあ?」

 ぼうっとした表情で、きょろきょろと辺りを見回している。ディランは決まり悪そうに言った。

「悪い、起こしちゃって。寝てて大丈夫だよ」

 ラムはとろんとした目を二人に向けたが、やがてこてりと毛布の中に倒れた。すぐに、静かな寝息が聞こえてくる。

「かわいいだろ?」

「……まあ」

 笑みを浮かべるウォードに、ディランは曖昧に答える。すると彼は、急に真顔になって言った。

「お前の好みとは違うか」

「どういう意味だよ」

「分かってるだろ?」

「……」

「そろそろ真面目に考えた方がいいんじゃないか?」

「ウォードに言われるとなんか腹立つな……」

「俺でも言いたくなるぐらいだってことだ」

 そう言って、ウォードはまた笑った。ディランは何も言い返せなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る