第23話 鬱屈
森の中の道なき道を、ディランたちは進んでいた。猟師たちがよく使う通り道、のはずなのだが、正直他とほとんど区別が付かない。時折、目印として木の枝に結びつけられた赤い布を目にするので、正しく進んでいることは辛うじて分かる。
迷わずに済んでいるのは、ずっと地図とにらめっこしているセリアのお陰だ。俺一人だったら絶対迷うなあ、とディランは思った。ウォードが加わっても大差無いだろうし、ラムは
「そろそろ出てくるかもしれないわ。気をつけて」
セリアが言った。ディランは気を引き締めて、周囲を警戒した。
「あれか?」
軽い口調でウォードが言う。慌てて彼の指さす先に目をやるが、特におかしなものは見当たらない。ただ森が広がっているだけで……。
「いた!」
ディランもようやくそれに気付いた。風に揺れる草木の中に、一本だけ他と違う動きをしている木がある。踊っているかのように、わさわさと枝を振っていた。今回の討伐対象の魔物だ。
「ラム、よろしく」
「はあい」
声と共に、目の前にラムの姿が現れる。彼女が近づいていくと、魔物の動きがぴたりと止まった。
「
ぶん、という耳障りな音と共に、空間を揺らがせる透明な何かが、ラムの手元からいくつも飛び出した。魔物の木の枝が、何本かまとめて宙を舞う。その場から動くことのできない魔物はめちゃくちゃに枝を動かしたが、なすすべもなくすぱすぱと切り落とされていった。
「もういい?」
「ああ」
魔法を解除したころには、魔物はすっかり枝を落とされていた。ディランが頷くと、飛びかかってきたラムが空中で剣に姿を変えた。勢いを殺しながら慎重に柄の部分を掴み、ディランは尋ねた。
「剣のままで魔法は使えないの?」
『無理だよお』
「うーん」
ディランは唸った。人の姿でも剣の姿でもどちらも役立つ
顔を上げると、ウォードが木の幹を黒い剣で切り落とそうとしているところだった。急所というものの無い植物型の魔物は、ある程度以下まで小さく切り刻むぐらいしか確実に倒す方法がない。もちろん『燃やす』のを除けば、ということなのだが、大抵は火気厳禁の深い森の中にしか現れない。
(斧でも持ってくればよかったかな)
切り刻むのに混ざりながら、ディランは少し後悔していた。いくら二人の剣の切れ味が良くても、向き不向きと言うものがある
「意外と面白いな」
「……そうか?」
ウォードの感想に、ディランは首を傾げた。
しばらくして、全て両手で抱えられる程度に小さく切ることができた。このぐらいで大丈夫だろう。
「次行こうか」
「ああ」
まだやりたそうなウォードを促し、ディランは剣を鞘に納めた。剣として役に立てたのが嬉しいのか、うきうきとした鼻歌のような声が聞こえる。ウォードがラムの持ち主になってればよかったのになあ、とふと思ったのだが、一定期間は変えられないらしい。
「……セリア?」
近くの地面に座り込んでいた少女に、ディランは恐る恐る声をかけた。心ここにあらずといった感じで、虚空をぼうっと眺めていた。
「ええ。行きましょ」
何事もなかったかのように、服を
魔物退治は、その後も順調に進んでいった。近付くまで発見できず、ディランの腕に枝が絡みついてきたりもしたが、ウォードと二人で助け合いながら危なげなく処理していく。
「おなかすいたあ」
「さっき食べただろう」
腕をぱたぱたと振りながら言うラムを見て、ウォードが笑う。前を歩く二人は、先ほどから仲良さそうに喋っていた。喋っているというか、突然何か言い出すラムに、ウォードが合いの手を入れているという感じだったが。
ラムが戦闘中以外に剣と人どちらの姿を取るかは、わりと本人の気まぐれで決まっているようだ。ずっと人の姿だと疲れるのでは、と聞いてみたことがあるのだが、そんなことは無いらしい。剣の方が本来の姿というわけでも無いようだ。
「あっちね」
セリアが右前の方を指さした。ちらりと振り返ったウォードが、それに従って歩く方向を変える。
「……」
ディランは横を歩くセリアの顔を盗み見た。どこか元気がなさそう、というか、だんだん元気が無くなっているように見えた。疲れているのかとは先ほど聞いてみたが、首を振って否定されてしまった。
(どうしたんだろ)
心配ではあったが、どう切り出すべきか考えあぐねていた。本当に調子が悪ければセリアは自分から言い出しそうだし、考えすぎなのかもしれない。
さらに何匹か倒したところで、野営の準備を始めることになった。まだ少し早いが、今日のノルマを消化したためだ。
腹を
(エヴァがいれば一人でずっと起きててくれたんだけどなあ)
ラムの寝顔を見ながら、ディランはついこの前のことを懐かしく思い出していた。エヴァと比べると、ラムはだいぶ本物の人間に近い。それだけ高性能だということかもしれないが、食事も睡眠も必要としない方が有難いことが多い。
さらには、ラムは人の姿の時に傷を受けると、人間と同じく血も出るし、しばらくしないと治らない。そんな所まで真似しなくてもいいのに、とディランは思った。
魔剣としてどちらが強力なのかは難しいところだ。ただエヴァの能力は
不意にディランは、横からの冷たい視線に気づいてしまった。思わずぴしりと硬直する。セリアの気に障るようなことをしただろうか、と考えて、先ほどからずっとラムの顔を凝視していることに思い至った。
「言い訳は要らないわよ」
「……。そ、そうか……」
口を開こうとした瞬間、先手を打って釘を差された。絶妙のタイミングだった。
心を読む魔法でも使っているじゃないかと、毎度ながら思う。もっともそんな魔法、話に聞いたことすら無かったが……。
少しの沈黙の後、離れた場所に座っているセリアにちらりと目を向けた。彼女は立てた膝を抱えるようにしながら、ぼうっとどこかを眺めていた。
「調子悪いのか?」
「べつに」
にべもなく返される。一瞬引き下がりかけたディランだったが、思い直して口を開いた。
「べつにってことは無いだろ。今日ずっと元気が無かったじゃないか」
「……」
セリアはすぐには何も答えず、視線を動かすこともなかった。だがやがて、呟くようにこう言った。
「要らないわよね、私」
「え?」
「何の役にも立ってないし」
ディランはぽかんとした。何を言ってるんだろうか。セリアが役に立ってないなんてあるわけないのに。
しばらくして、魔物との戦いのことだと気づいた。魔法が使えるラムが来て以来、戦闘でセリアの出番が減っているのは確かだ。だが、ディランは首を振って言った。
「いやいや、ここまで迷わず来れたのも、セリアが地図を見て誘導してくれたおかげだし……」
「地図なんて誰でも見れるでしょ」
そんなことは無いと主張したかったが、セリアの暗い横顔を見て言葉に詰まった。どう言えば伝わるのかが分からない。
その後見張りを代わるまで、一言も会話することはなかった。
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