第22話 仕事探し

「いただきまあす」

 周りの目を気にすることなく、ラムは元気よく言った。まるで小さな子供のように、無邪気に定食をがっついている。やはり、外見年齢とちぐはぐに見えてしまう。魔剣ラムを創った人物の趣味なのだろうか。

 ディランたちの目の前には、この宿の食堂で一番高い定食が並んでいた。高いとは言っても宿自体が安宿なので、大したことはない。まあ、限界までケチる必要は無くなったというぐらいだ。

「ついてるぞ」

 隣に座るウォードが、ラムの口元に付いたソースを拭きとってあげていた。ラムは満面の笑みを浮かべて言った。

「ありがとお」

「あ、ああ」

 ウォードはどもりながら答え、顔を赤くする。セリアはその様子を冷めた目で見ていた。

「また空振りだったね」

 空気を変えようと試みたディランだったが、セリアの表情がみるみる曇るのを見て、もう少し明るい話題にしておけばよかったと少し後悔した。

「ここまで何も無いなんてね」

 彼女は深い溜息をついた。

 最近いくつかのダンジョンを回ったのだが、全て収穫なしで帰ってくる羽目になっていた。赤字になることは多々あっても、全く無しというのは珍しい。

「依頼でも受けるか?」

「そうね……」

 ウォードの提案に、セリアは真剣に悩んでいるようだった。赤竜レッドドラゴンのディーからせしめた魔道具を売ったお金は、まだだいぶ残っている。とは言え、ずっと無収入というのも気が引ける。まとまった金が入ったので、ハイリスクハイリターンのダンジョンにチャレンジしていたのだが、そろそろ限界かもしれない。

 ここは王都。冒険者向けの依頼なんて山ほどある。いい仕事は実力のある冒険者が持っていってしまうが、選り好みしなければ何かしら金を稼ぐことはできる。

 王都の難点は、物価が全般的に高いことだ。他にも少し問題があって、財布に地味に響いてきている。

「おかわりー」

 そのであるラムが、また元気よく言った。目の前に並んでいた二人分の定食は、綺麗に平らげられている。

「まだ食べるの?」

 セリアが呆れたように言った。

 ラムは魔剣であるにも関わらず食事を取り、さらに普通の人の何倍も食べた。魔力を補充するために必要とのことだったが、セリアは若干疑っているようだ。

「また願いがあるなんて言われるより良かったじゃないか」

「まあね」

 渋々と言った様子で、セリアが頷いていた。前の魔剣エヴァの時は、それで大変な思いをする羽目になったのだ。

「願いってなあに?」

「ん?」

 ラムの質問に、ディラン首を傾げた。少し考えたあと、こう聞き返す。

「……『願い』って言葉の意味が分からないってこと?」

「うん」

「うーん、そうだな。やりたいこと、かな」

「お腹いっぱい食べたいー」

 ラムは即座にそう答えた。瞳がきらきらと輝いている。

「いや、そういうのじゃなくて……そう、もっと長期的な、いつかやりたい大きなことだよ」

 それを聞いて、ラムは少し考え込んでいた。

「えっとねえ」

 と、ゆっくり話しだす。

「魔力の掃除して欲しいなあ。気持ちいいからー」

「気持ちいい?」

 セリアが眉をひそめて聞き返した。ラムは下腹あたりに手をやりながら、言葉を続けた。

「そうだよお。あのねえ、お腹に手を入れられて、中をぐるぐるされる感じ?」

「……」

 それを『気持ちいい』と称するのは、なかなか倒錯的な雰囲気だ。ウォードがごくりと唾を飲み込む音を、ディランははっきりと聞いた。もっと詳しく聞きたいような気もするが、セリアの視線の温度をさらに下げる勇気は無い。

 『魔力の掃除』というのが何なのかは分からないが、王都の魔剣技師なら知っているだろうか。一度聞いてみてもいいかもしれない。

「みんなの願いはー?」

 ラムにそう言われ、ディランは言葉に詰まってしまった。人に聞いておきながら、自分の願いなんて考えたことも無かった。

「強くなることだな」

「毎日お金の心配なんかせずに暮らせるようになることよ」

 だがディランと違って、ウォードとセリアの二人は即答だった。「あんたもちょっとは家計を考えなさいよ」「強くなれば自然と稼げるようになるだろう」などと言い合っている。

「ディランはー?」

 きらきらとした目で見つめられ、ディランはたじろいだ。残りの二人にも、ちらりと視線を向けられた。

「……セリアと同じかな、うん」

「そっかあ」

 ラムはこくこくと素直に頷いていた。ウォードもすぐに手元の料理に目を向けたが、セリアだけがディランをじっと見つめていた。

「で、依頼は受けるのか?」

「そうね。ギルドにでも行ってみましょうか」

 ウォードの再度の問いかけに、セリアが頷く。ようやく視線が外れて、ディランは小さくため息をついた。


 王都のギルドは、他の街とは規模が段違いだ。まず、フロアが冒険者のランクごとに分けられている。自分より下のランクの場所には入れるが、上は無理だ。ディランたちは一番下のランクなので、一か所しか入れない。

 最下位ランクのフロアは、いつも通り人でごった返していた。なるだけなら誰でもなれる冒険者だが、そのぶん上のランクにいくのは大変だ。このフロア以外に入ることなく引退する冒険者の方が、圧倒的に多い。

 ランクによる扱いの差は色々あるが、最も大きいのは受けられる依頼の違いだ。難易度が高いと思われる依頼は、そもそもランクが高くないと受けられない。そうでなくても、依頼を受けるのは高ランク優先だ。美味しい依頼はすぐに持っていかれるので、実質的には高ランクしか受けられないようなものだった。

 依頼書が貼り出される掲示板に向かう途中、人が集まって騒いでいるのが目に入った。よくよく見てみると、暴れる冒険者が羽交い絞めにされている。まるで場末の酒場のような喧騒だ。

「……この中から探すのか」

 掲示板を前にして、ディランはうんざりしたように言った。二人用のベッドを立てたほどの大きさの掲示板が、横に何個も、いや十個以上も並んでいる。探すだけで一苦労だ。

「任せた」

「はいはい」

 ウォードの早々の離脱宣言に文句を言うこともなく、セリアはさっさと依頼を探し始めた。ディランもその横に並ぶ。

「なあ、ラム」

「なにー?」

「さっきの話なんだが……」

 と、ウォードはラムを手招きして、何やら小声で話しているようだった。セリアがため息をつく。

「何を聞こうとしてるんだか」

「はは……」

 ディランは曖昧あいまいに笑う。どうも、ウォードはラムのことがいるようだった。それがどの程度のものなのか、詳しく聞く機会はまだ見つかっていない。

 端から順に依頼書を見ていく。大抵は、駆け出しの小遣い稼ぎにしかならないような依頼だ。とは言え一応ギルド職員がチェックしているので、とんでもなく酷いものはほとんど無い。ごく稀に、チェックをすり抜けたやつを目にすることもあったが。

 横に少しずつ動きながら確認を進めていたディランは、先ほどからセリアが全く動いていないことに気づいた。気になる美味しい依頼でもあったのかと思ったが、そうではないようだ。彼女の視線は、何も貼っていない木の板の地肌に向けられている。

 声をかけようとして、ディランは思いとどまった。まるで霞がかかったようなセリアの瞳からは、生気が感じられない。

 と、セリアではない別の少女の声が、突如割り込んできた。

「ディラン」

「うわっ!」

 目の前ににゅっと突き出てきた顔を見て、ディランは思わずのけぞった。漆黒のローブに、目深に被ったフード。マリーだ。

「お仕事探してるの?」

「あ、ああ」

 ディランはこくこくと頷く。マリーはちらりと周りを見回し、そっぽを向いたセリアの存在にようやく気づいたようだった。

 マリーははっとした表情で、少し開いた口元に手を当てた。そろそろと後ずさり、ぺこりと頭を下げる。

「お邪魔しました」

「え? うん……」

 ディランはぽかんとして見送った。

 彼女が小走りで向かった先には、背の高い一人の男が立っていた。優しそうな青年だ。マリーがその男の腕にしがみつくのを見て、ディランは少し驚いた。もしかすると、彼が噂の許婚いいなずけなのだろうか。

「早く探してよ」

 セリアに小突かれ、ディランはこくこくと頷いた。さっき見た表情は幻だったんじゃないかと思うほど、すっかりいつのセリアに戻っている。

 ディランは首を傾げながら、依頼探しを再開した。

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