第19話 竜の巣

 逃げるべきか。ディランが迷っているうちに、一匹のワイバーンが跳びかかる。

 不自然な姿勢で放たれた鉤爪の一撃を、剣で受ける。思ったほどは無い。ワイバーンは、頭を打ちそうになりながら後ろに飛んだ。彼らが戦うには、この空間は狭すぎるようだ。

 別の一匹が向かってくると同時に、ウォードが剣を大振りした。敵はばさばさと翼を動かし、減速して避ける。

(どうする?)

 なんとかしのいではいるが、これでは前に進めない。いずれ運が尽きてやられるだろう。

 敵はかなりの数いるようだ。通路の先からどんどん出てきている。ウォードの攻撃を警戒しているのか、それとも一斉に襲うタイミングを計っているのか、近づいてこない。

使うから伏せて」

 セリアが鋭く告げた。ディランは慌てて地面に伏せる。

(こんなとこで!?)

 大丈夫なのかと問う間もない。セリアの方を見ると、しゃがんだ恰好で弓矢を構えている。矢はいつもの物とは違い、矢羽が真っ赤に塗られ、先端には木箱のようなものがついていた。

着火イグナイト!」

 放たれた一条の矢は、先頭にいたワイバーンのちょうど中間に向けて飛ぶ。それをディランが認識した直後、轟音と共に、矢が大爆発を起こした。

「走って!」

 セリアの指示で、全員脇目も振らずに走り出す。視界は煙に覆われているが、ワイバーンたちが大いに混乱しているのは分かった。

 カーブした道を進みながら、ディランは早くワイバーンの群れを抜けてくれと祈った。あの矢は一本しかない。次に同じ手は使えない。

 だが無情にも、敵の数は予想以上だった。煙が晴れる辺りまで来ても、まだまだ先にはワイバーンが残っている。

(何匹いるんだよ!?)

 ディランは歯噛みした。もろに爆発に巻き込まれた後ろの集団はともかく、驚いただけであろう前の集団は、そろそろ落ち着き始めている。突破は困難だが、このチャンスを逃せば後は無い。

 みな同じ思いだったのだろう。誰もスピードを落とすことなく、強引に群れを突破しようと試みた。

「ぐっ」

 一匹の爪がディランの脇腹にかすった。それだけで服ごと皮膚が裂かれ、血が飛び散る。

 後ろにいたエヴァが、ディランの頭上に、庇うように腕を差し出す。一瞬振り返ると、彼女が腕を鉤爪に捕まれ、がくんと体をけ反らせていた。

 ほとんど無意識のうちに、ディランは地面を蹴り、一気に反転した。次の二歩で跳び上がり、刺剣レイピアのように剣を一直線に突き出す。エヴァを連れ去ろうとするワイバーンの眉間を貫くように、刃が走った。

 拘束が緩んだ鉤爪から、エヴァは抜け出した。ワイバーンは他の魔物たちにぶつかりながら、ふらふらと飛んでいった。

 ほっとする暇も無いうちに、別のワイバーンが地面を走るように襲いかかってきた。爪ではなく、首を振って噛み付こうとしてくる。ディランは身を投げ出すように横に跳び、地面を転がってなんとか避ける。

 二人が止まったことに気づいたウォードとセリアが、慌てて戻ってきた。その後ろを、たくさんのワイバーンが追いかけている。

 立ち上がろうとしたディランは、はっとした表情で固まった。すぐそば、洞窟の壁と地面との境目に、人がぎりぎり入れそうな小さな穴が口を開けている。ワイバーンの体は、とても通らないだろう。穴は斜め下の急斜面に伸びているようだった。

「入って!」

 叫んだ直後に、穴の中に飛び込んだ。舞い上がる土埃を腕で防ぎながら、一気に滑り降りる。

 穴は突然終わりを告げ、小さな部屋のような場所に出た。腰の高さほどの位置についた出口から飛び降りる。たたらを踏みながらも、なんとか体制を整えた。

 振り返ると、ちょうどセリアが降りてきたところだった。転びそうになる彼女の手を引いて支えた。

 エヴァとウォードが、続いてやってくる。二人は上手く着地した。

「……助かった……」

「そうね……」

 ディランとセリアは、並んでその場に座り込んだ。さすがのウォードも、深く息を吐いて腰を下ろす。平気そうにしているのはエヴァぐらいだ。

「ディラン、血が」

 怪我に気づいたセリアが、青ざめた表情で言った。ディランが脇腹に目をやると、そこは血と泥に塗れていた。今更痛くなってきて、顔をしかめる。

「手当する」

「ありがとう。そこまで深くは無いと思うけど……他の人は大丈夫?」

 処置はセリアに任せて、ディランはウォードとエヴァに顔を向けた。二人とも頷く。エヴァの腕はまた傷だらけになっていたが、問題は無いようだ。

 ディランは改めて辺りを見回した。入ってきた穴の他に、もう一つ別の穴が壁にあった。大きさは同じぐらいだ。地面と同じ高さのその穴は真横に続いているようで、四つん這いにならないと入れない

 先ほどの場所に戻る気にはなれなかったので、四人は新しい方の穴を進むことにした。しばらく行くと、横にも上にも徐々に広くなり、立って歩けるほどになった。

 やがて遠く先の方に光が見えてきた。近づいていくと、それが日の光であることが分かってくる。どうやら、洞窟の外に繋がっているようだ。

 出口の直前で、前を歩いていたウォードが突然立ち止まった。口元に人差し指を当てたあと、無言で穴の外を指さす。

 外を覗いたディランは、危うく声をあげるところだった。 

 そこは井戸の底のような、垂直に掘られたあなの最下部だった。ごつごつとした岩が飛び出ているものの、比較的綺麗な円柱になっていて、何者かの手が入っているのは明らかだ。

 ただしそれが何者なのかは、ディランには想像もつかなかった。なにせ、サイズが尋常ではない。円柱の底は、家が何個も並ぶほどのスペースがある。

 そしてその中央では、真っ赤な巨体が身を伏せていた。赤竜レッドドラゴンだ。地面についた首は、こちらに向かって伸びている。眠っているのか、目は閉じられていた。

 ディランは仲間たちに目をやり、頷いた。理想的な状況だ。今ならあいつに近づける。エヴァには記憶が戻ったら合図をするように言っている。もし倒さなければいけないとしても、気づかれる前に首を一太刀で落とせるかもしれない。

 足音を立てないように、穴の外に出る。ドラゴンの首まで、遮蔽物は何もない。真っ直ぐ近づく以外に手は無さそうだった。

 何も起きることなく、距離を半分にまで詰める。目を覚ますなよ、とディランは祈った。だが、

「なっ」

 突如、ドラゴンが翼をばさりと広げた。次の瞬間には、見上げるほどの位置まで巨体が浮き上がっている。開かれた口の奥に、赤い炎が見えた。

 やられる。そう思ったディランの前に、エヴァが飛び出した。

「エヴァ!」

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