第18話 山嶽
「今だ!」
ウォードの掛け声とともに、四人は岩陰から飛び出した。砂だらけの滑りやすい地面を踏みしめ、走る。
頭上から、複数のワイバーンの鳴き声が聞こえてくる。ディランは恐怖を感じながらも、転ばずに進むことに神経を集中した。今までの経験から、敵は狙いを定めるのに時間がかかることは分かっている。
崖に大きな岩が寄りかかった隙間に、ウォード、セリア、ディランの順に駆け込んだ。最後のエヴァのすぐ後ろに、ワイバーンが急降下してきた。地面に降り立ち、爪を振るったが、岩を傷つけただけだった。諦めて空に戻っていく。
「……ふう」
ディランは小さく息を吐いた。今のはぎりぎりだった。
「多いな」
「うん」
ウォードの呟きに、ディランは頷く。空を見上げると、たくさんのワイバーンが旋回しているのが見える。自分たちを狙っているのだろうか。
彼らがいるのは、
「なんでドラゴンの
セリアは忌々しげに言った。彼女の言う通りだ。赤竜はワイバーンの天敵のはずなのに、何故集まっているんだろうとディランは不思議に思った。
「文句を言っても仕方ないぞ。事実が変わるわけじゃない」
「あんたに正論言われると余計腹立つわね」
ウォードが宥めようとしていたが、逆効果のようだった。ディランが口を挟む。
「とにかく、これじゃドラゴンを探すどころじゃない。何か策を考えないと」
「一度王都に戻って作戦を練る?」
「……それも手だけどね」
セリアにじっと見つめられ、ディランは言葉を濁した。戻れば必ず、エヴァを壊そうと説得されるだろう。今度は頷くしかなくなるかもしれない。
「ディラン」
「うん?」
エヴァに呼ばれ、ディランは振り向いた。
「あそこの岩まで、行ってみてくれないか」
彼女の指さす方を見る。斜面を登った先に、崖に接する巨大な丸い岩があった。よく見ると、周りの岩とは若干色が違うようだった。
「裏に洞窟があるはずだ。その先に、赤竜の巣がある」
「行ったことあるの?」
「ああ、今思い出した。私は、赤竜に会ったことがある」
「……分かった、行ってみよう」
ディランが言うと、残りの二人も頷いた。
「しかし、どうやってあそこまで辿り着く? 多分走れないぞ」
ウォードが言った。斜面は結構きつく、慎重に歩かないと滑り落ちてしまうだろう。だがそれでは、ワイバーンから逃げきれない。
「私が囮になろう」
「だめだ」
エヴァの意見を、ディランは即座に却下した。
「しかし……」
「怪我しても大丈夫なのは分かるけど、万が一エヴァが連れていかれたら詰みだ。俺も死ぬしかなくなる」
「つまり、俺が囮になればいいわけだな」
ウォードが軽い口調で言った。ディランは言葉に詰まる。確かに、戦略としてはそれが一番有望なのかもしれないが……。
「見て!」
セリアが上空を指さした。遥か遠くの空から、赤い影が迫ってきていた。ワイバーンが、蜘蛛の子を散らすように飛び去っていく。
「行くぞ!」
声をあげると同時に、ウォードは岩に向かっていった。ディランたちも、その後を追う。
(こっち来るなよ……)
赤竜をちらちらと見ながら、ディランは祈った。やつに近づく必要があるのは確かだが、ここではだめだ。こんな不安定な場所で襲われたら、逃げられない。
祈りが通じたのか、赤竜は山頂の方へと向かって飛んで行った。山の陰に入って見えなくなる。ワイバーンたちも、今は冒険者たちに構っている余裕は無いようだ。
エヴァの言う通り、洞窟の入り口はあった。ドラゴンでも入れそうな大きな穴を、巨岩が塞いでいる。まるで、誰かが入り口を隠そうとしたかのようだ。
岩と崖の
ディランは、エヴァの方を向いて言った。
「真っ直ぐ進めばいい?」
「そうだ、と思う。すまない、中がどうなっていたかは覚えていない」
「分かった、とりあえず行こう」
男二人を前にして、四人は進んだ。道は曲がりくねっていて、先の方までは見えない。歩くたびに明かりが揺れて、ごつごつした岩壁に複雑な影を作った。
(ここはドラゴンの通り道なのか?)
そんな考えが頭に浮かんだが、すぐに否定した。確かにドラゴンが通れないことは無いが、ひどく
ディランが思索に
「鳴き声だ。ワイバーンがいるぞ」
「え、こんなところに?」
ディランは驚いた。いくら広いとは言え、彼らが飛び回るほどの余裕はない。それに、この先には赤竜の巣があるはずなのに。
「……もしかして」
セリアがぽつりと言った。
「ワイバーンを閉じ込めておく、貯蔵庫なんじゃないかしら。ドラゴンが、後で食べるために」
彼女の推測に応えるかのように、やかましい鳴き声と共に、大勢のワイバーンが道の先から現れた。
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