第16話 修復作業
王都と往復しながら、二人は周囲の様々な場所で採取を進めた。川底の石を拾ったり、森の中でキノコを採ってきたり、山脈に逆戻りして鉱石を探したり。移動だけでも一苦労だ。
そこまで危ない場所がなかったのが、せめてもの救いだった。こういう採取生活もいいかもなと、ディランは少し思ってしまった。もっとも、同じようなことをやっている人に一人も出会わなかったので、生活できるほどは儲からないのかもしれない。
唯一危険を感じたのは、山脈でドラゴンを見かけた時だ。ずいぶん遠くを飛んでいたが、それでもすごい迫力だった。高い飛行能力と必殺のブレスを使って、狩りをしているようだった。ウォードだけではなく、ディランも見とれてしまった。
指定の材料がすべて集まったのは、五日目の昼前だった。ちょうど、マリーの師匠の準備が終わる日だ。二人はすぐに王都に引き返した。
露店広場で軽い昼食をとったあと、師匠の屋敷へと向かった。相変わらず、屋敷のある高級住宅街を通る時は、少し緊張してしまうディランだった。もちろんウォードは、そんなことを気にする人間ではない。
ほどなく屋敷に到着する。庭を抜け、ウォードは扉をどんどんと叩いた。
「おい、開けてくれ」
「こら、そんなに乱暴に叩くなって!」
文句をつけながらも、扉は素直に開いた。もしかすると、単にそれ以上叩かれるのが嫌だっただけかもしれない。
「痛いのか?」
「そんな無駄な機能は付いてねえ!」
「なら構わないだろう」
「傷が残ったらどうしてくれんだ!」
ばたばたと暴れている扉を横目に見ながら、二人は屋敷の中に入った。
もう何度も通った廊下を過ぎ、いつもの部屋へと向かう。作業用らしいその場所は、広い机がいくつかと、大きな鍋のようなものがかかった炉、その他様々な器具でいっぱいだった。
部屋の中に居たのは、汗だくで鍋をかき回すセリアと、難しい顔で机の上のいくつかの素材を見つめている白髪の老人の二人だった。壁に立てかけられているエヴァを含めれば、三人だ。
「素材は揃ったか?」
老人が、ディランたちにちらりと目を向けて言った。
「おう」
ウォードが荷物の中身を机の上に置いた。
最後の一つは、山脈で拾った黒ずんだ鉱石だった。物自体はそこら中に落ちていたのだが、一定以上の大きさの物を指定されたので、探すのに少し手間取った。
「よし、大きさは十分だ。おい、そっちはもういいぞ」
老人はセリアの方を向いて言った。さっきまではディランたちに目を向ける余裕もないようだったが、彼女はようやく手を止め、近くの椅子に座り込んだ。顔や動作から、疲れがにじみ出ている。どうやらこき使われているようだ。
手に取った鉱石を、老人は鍋に無造作に放り込んだ。黒い煙がもくもくと立ち上り、部屋の中に充満する。彼らの作業をぼうっと眺めていたディランは、思わず咳き込んだあと、口元を腕で覆った。
老人は机の上に再び目をやると、魔法で加工された素材を鍋に投入していった。その度に、煙の色は鮮やかに変化する。黒から赤に、赤から青に、そしてまた黒に。ディランは昔見た『花火』と呼ばれる魔道具のことを思い出した。
「月明花を持ってこい」
老人に指示され、セリアは無言で、部屋の隅に置かれた木箱に向かった。
「水の石と混ぜてないやつが先で、混ぜたやつが後?」
「そうだ。ふむ、よく覚えてたな」
二つの小さな壺を、セリアは机に順番に置く。そのころには、煙はだいぶ収まってきていた。老人が何か呪文を唱えると、鍋の中から先ほどの鉱石が浮き上がり、机の上に運ばれていった。まだ少し、鉱石から煙が出ていた。
片方の壺の中身、粉状になった月明花を、鉱石に振りかける。煙は一瞬白くなり、そのあとすぐに出なくなった。
老人はしばらく待ったあと、そばにあった金属の棒で、鉱石を叩いた。すると、ディランの予想に反して。鉱石、もしくは鉱石だった黒い塊が、粘土のようにぐにゃりと歪んだ。棒は、塊にめり込んでいる。
「おい、続きをやってくれ」
棒を手渡されたセリアが、同じようにして何度も塊を叩いた。叩きのばされて、平たく加工される。老人は壁に立てかけられた剣、エヴァを取ってきて、その上に置いた。
セリアは黒い塊を
横で彼女の作業を見ていた老人が、唐突に言った。
「お前、弟子にならないか?」
「……遠慮しとく」
セリアは一瞬固まったあと、首を振って答えた。老人は片方の眉を上げると、塊に手を添え、何事かを呟いた。
ぱきり、という硬い音がして、全体にひびが入る。老人が剣を手で持ち、何度か軽く机に打ち付けると、黒い粉がぱらぱらと落ちていった。
「これで終わりだ。……記憶は戻ったか?」
後半の言葉は、エヴァに向けたものだろう。直後、老人は小さく頷いて言った。
「分かった」
彼が手を離すと、剣が消えた。机を挟んで老人の向かい側に、エヴァの人型の姿が現れる。
「完全ではないが、思い出した」
エヴァはディランの方に顔を向けて、言った。
「私は、ドラゴンと対峙しなければならないようだ」
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