四章
第15話 素材採取
がさごそと草をかき分けつつ、ディランは下を見ながら一歩一歩ゆっくりと進んでいった。ランタンの明りが、複雑な影を地面に落とす。
顔を上げると、どこまでも広がる草原が、月明かりに照らされて視界一面に広がっていた。近くにある人工の明かりは、自分が持つランタンだけのようだった。それはそうだ。こんな夜遅くにこんな場所に来る人間は、まずいないだろう。
「うおっ」
近くで聞こえた声の方を、ランタンを掲げて照らした。草に足を取られて転んだのか、ウォードが地面に手と膝をついていた。
「やっぱり明り
ディランが聞くと、ウォードは立ち上がって脚を手で払いながら、言った。
「いや、もう少しこのままでやってみる」
「そう」
ランタンを下げて、ディランはまた歩き出した。
ウォードが明かりもつけずにうろうろしているのには理由がある。今探している『
二人がいるのは、王都の北に広がる大草原の一角だ。マリーの師匠から情報を得て、魔剣の修復に使う材料を探しに来ている。エヴァとセリアは師匠の家にいるし、マリーは実家に帰ってしまったので、ウォードと二人だけだ。
材料のうちほとんどは師匠が持っていたか、店で購入することができた。だが一部は、保存が効かないとか、需要があまり無いとかの理由で、新たに取ってくる必要があった。
月明花は前者で、取ってから一日もしないうちに光が消え、材料としての価値を失う。すぐに乾燥させて粉にしても、持つのは数日間だ。さらにこの辺りの草原でしか育たず、別の場所に移してもすぐ枯れてしまうらしい。
それなのに、魔剣技師はどうやって材料を揃えていられるのか聞いてみたら、代替になる『月の石』という宝石があるらしい。ただし、値段はとんでもなく高い。修復に高額の料金を取られるのも納得だ。
「エヴァの願いを叶えたら、どうするんだ?」
「どうって?」
唐突に尋ねられ、ディランはウォードの方を向いた。
「本当に手放すのか?」
「……そりゃ、そうでしょ」
ほんの少し
「金も無いしね」
「金ならまた稼げばいいだけだろう」
「セリアに言ったら怒られるよ、それ」
ディランは苦笑した。浪費癖というわけではないのだが、ウォードは後先を考えずに金を使うところがある。
「……」
無言のウォードが、困ったような、驚いたような微妙な表情で見つめてきた。ディランは思わず首を傾げる。
しばらくすると、彼は首を振って探索作業を再開した。
「セリアの方が大事だと言うなら仕方ないな」
「待って待って、そういう話じゃないでしょ」
慌てるディランに、ウォードは何事も無かったかのように言った。
「冗談はともかく」
「冗談だったのかよ……」
「金はまた稼げるが、エヴァのような名剣を手に入れる機会は二度と無いかもしれないぞ」
「……まあ、うん」
彼の言うことも分かる。名剣は、単純に金を積めば手に入るというものでもない。物に見合った実績が無いと、売ってすらくれないだろう。
「でも金の問題を置いといても、俺では持ち主として不十分だよ。もっとベテランの冒険者が使った方がいい」
「うーむ、そうか」
ウォードは残念そうに言った。
会話も途切れて、二人は探索を続けた。相変わらず、ウォードは何度も転びかけていた。ディランは危なげなく進んでいたが、とは言えまだ一つも見つけていない。
少し休憩しながら、二人は探し方について相談した。その結果、『明かりをつけて決まった歩数進み、消して周囲を見渡す』という作戦でいくことになった。
距離を置いて横に並び、同じ方向に進む。何度目かの繰り返しのあと、二人は揃って明りを消した。直後、同時に声をあげる。
前方の地面付近に、小さな明かりが灯っている。決して強い光ではない。脈動するかのように、ゆっくりと明るさを変化させている。
あれが月明花だろうか、そうディランは思ったのだが、
「……おや?」
直後、光がふわりと浮き上がった。ふらふらと頼りない軌道を取りながら、ウォードの方に向かっていく。ディランははっと息を呑んだ。
「明かりつけてつけて! 魔物だ!」
「む」
急いでランタンを操作するディラン。慌てているものだから、なかなか上手くいかない。
ウォードは彼の言葉には従わず、素早く剣を構えた。飛んでくる光をじっと見据えると、一太刀で切り捨てる。
「……お見事」
まだランタンと格闘していたディランの方に、光が転がってきた。拾い上げようとしたのだが、光はすぐに消え、どこにあるか分からなくなってしまった。
「あれじゃないか?」
ウォードが前方を指さす。今見たのと同じような光が、少し先の方にいくつか固まっていた。とりあえず今のところは、動いたりはしていない。
「また魔物じゃないといいけど」
ぽつりと呟きながら、歩き出す。
恐る恐る近づいていった二人だったが、結局のところ、それは本物の月明花だった。小さな白い花びらの一枚一枚が、ぼんやりと光っている。慎重に花だけをちぎって、布袋に入れる。
「これで終わりか?」
「いや、まだまだ必要だよ」
ディランは周囲を見渡した。草原はどこまでも続いている。視界の範囲にも別の月明花はきっとあるのだろうが、ここからでは見えない。
「次、行こうか」
小さくため息をついて、ディランは再び歩き出した。
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