第14話 魔術師の館

 その後も屋敷の中では、喋る魔道具たちに何度も出会った。入り口にあったような扉型のものあれば、燭台、時計、箒など、様々な家具や器具があった。セリアは興味津々の様子で、魔道具をじろじろ眺めたり、触ったりしていた。

 魔道具のほとんどが、エヴァを認識すると怯えたような態度になった。魔道具の中に上下関係(?)があるのだとすると、エヴァはそのかなり上位にいるようだった。

「おや?」

 廊下を曲がったところで、執事のような恰好をした初老の男性に出会った。彼は先頭を歩くマリーを見ると、驚いたように眉を上げた。

「お久しぶりですね、マリーさん」

「うん。お師匠様いる?」

「ええ、いらっしゃいます。こちらでお待ちください」

 彼に先導され、低いテーブルを囲むように、ソファーが並んだ部屋に通された。元は応接室だったのかもしれないが、壁一面を本棚が埋めているせいで、ずいぶんと狭く感じられた。

「それでは呼んでまいりますので」

「うん」

 優雅に一礼すると、彼は部屋を出ていった。皆、思い思いの場所に座る。向かい側の席に着いたマリーに、ディランは尋ねた。

「今の人は、人間なんだよな?」

「どうだっけ」

「私と同じ、魔剣だな」

 代わりに答えたのはエヴァだった。ディランは少し驚く。彼はエヴァに怯えなかったどころか、気にも留めていないようだった。気づかなかったのではなければ、同じぐらいの魔道具なのだろうか。

「強い?」

「少なくとも私よりは強い」

「へえー」

 と、感心したように言ったのは、何故かマリーだった。もしかすると、本当に正体を知らなかったのだろうか。

「うーむ、喋る魔道具がこんなにたくさんあるとは。世界は広いな」

「……ほんとにね」

 唸るウォードに、セリアが同調した。

 しばらく待っていると、白髪の老人が部屋に入ってきた。マリーと同じような漆黒のローブを着た、気難しそうな男性だ。後ろには、ティーセットの乗ったトレイを手に持った、先ほどの執事を従えている。

「お師匠様」

 マリーがぱたぱたと老人に駆け寄る。彼は少女の頭をぽんぽんと撫でると、残りのメンバーに鋭い目線を送った。

「いい、いい、座っとれ」

 立って挨拶しようとしたディランたちを、老人は押しとどめた。彼がソファーに腰を下ろすと、マリーも横に座った。

 執事風の男は、テーブルに紅茶の入ったカップを並べると、再び一礼して部屋の入り口辺りに下がった。エヴァの前だけ何も置いていないところを見ると、やはり彼女の正体には気づいているようだ。

 老人がカップを手に取るのを見て、ディランもならった。しばし、みな無言で紅茶を飲む。マリーが紹介してくれるのか、それとも自分から言い出すのがいいのかと、ディランは迷った。

「私に何の用だ?」

 不意に、老人が切り出した。彼の視線は、じっとエヴァの方に据えられている。

「俺……いや、私はディランと……」

「用件を言え、用件を」

 しどろもどろで自己紹介を始めたディランに、老人はめんどくさそうに言った。ディランに代わって、セリアがエヴァのことをかいつまんで説明した。

「……そう言うわけで、彼女の記憶を取り戻す必要があるの。いい方法を知ってたら、教えてください」

「記憶喪失の魔道具だと? 聞いたことも無いぞ」

 老人は渋面になって言った。

「壊す方法でも構いません」

 ディランはぎょっとして、セリアの方に顔を向けた。彼女は硬い表情で、老人をじっと見ていた。

「それならいくらでも手はある。だがこいつは。面倒だぞ」

「時間がかかるの?」

「金だな」

 彼が言った金額は、ディランたちの手持ちを大きく超えていた。だが装備をいくつか処分するか、今から頑張って稼げば達成可能な額だ。セリアは考え込んでいるようだった。

「その、記憶を戻す方法は、無いんでしょうか」

 ディランが言うと、老人は執事の方を見て言った。

「さあな。思いつくか?」

「いえ、申し訳ありません。ですが、通常の修復作業で治る可能性はあるかと」

「そうだな」

「それは、すぐにできるものなんですか?」

「すぐにとはいかん」

 ディランの質問に、老人は少し考えてから答えた。

「私がやるなら、準備に五日はかかるぞ。それに、足りない素材を取ってきてもらわなきゃならん」

「他の人だと、どうなるんですか?」

「魔剣技師なら、材料もあるだろうから一日で終わるな。だが高いぞ。壊す値段の数倍は取られる」

 不可能ではないかもしれないが、期限を考えると厳しい額だ。黙ってしまったディランに代わって、マリーが言った。

「お師匠様なら、安くしてくれる?」

「可愛い弟子の頼みだ。素材さえ取ってくれば、壊す値段と同じでいい。格安だぞ」

「もうちょっと安く?」

「五日もかかるんだぞ、無茶を言うな」

 老人はそう言ったあとで、思いついたかのように付け足した。

「そうだな、お前が手伝ってくれるなら、半額にしてやってもいい」

「え、私?」

「そうだ。魔術師だろう、お前」

「……一応、そうだけど」

 セリアが自信なさげに言った。

「なら問題ない。やるのかやらないのか、どっちだ。……言っておくが、記憶が戻ることの保証はしないぞ。私がやるのは、一般的な魔剣の修復作業だ」

「失敗しても金は取るのか?」

「嫌なら他をあたれ」

 口を挟むウォードに追い払うような仕草をしながら、老人は言った。

「俺は、セリアが良ければ頼んでみたい」

 ディランがセリアに視線を送ると、彼女はこくりと頷いた。

「分かりました、お願いします」

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