第12話 魔物たち
「あそこまで行くぞ!」
ウォードが叫ぶ。彼の指さす先には、岩壁が大きくせり出し、屋根のように道を覆っている場所があった。あそこなら、少なくとも空から襲われることは無いだろう。
「ディラン、剣の姿に戻っておいた方がいいか?」
「いや、まだ待って」
ディランは自分の剣を構えつつ、エヴァに言った。なんとか攻撃をいなしつつ、あそこに入ってしまうべきだ。エヴァを使うかどうかは、それから考えた方がいい。
早足で進むウォードに、全員がついていく。人の倍ほどのサイズのワイバーンたちは、真っ直ぐに冒険者たちのいる方向へと飛んでくる。
(ん?)
だがしかし、彼らは全く高度を下げることなく、ディランの頭上を通り過ぎようとしていた。必死に体を揺らして、脇目も振らずに飛んでいるようだった。自分たちに気づいていないのか、それとも、構っていられない理由があるのか。
突然、先頭を進むウォードが立ち止まった。ぶつかったセリアが、彼の背中を押しながら文句を言う。
「ちょっと! 何して……」
言いかけた言葉が途切れる。前二人の視線は、空を向いていた。それを目で追ったディランは、同じように言葉を失った。
ワイバーンと似た、しかし二回り以上も大きな巨体が、滑るように空を飛んでいた。真っ赤に染まった全身から、放たれる威圧感。一度見れば二度と忘れられないだろう。この山脈の主、
ドラゴンはすぐにワイバーンに追いつくと、口から炎のブレスを放った。三匹のうち二匹が炎に包まれ、煙を上げながら墜落する。残った一匹も、ドラゴンの両の爪で翼を掴まれた。
「ウォード!」
セリアが叫ぶ。ウォードははっとしたように視線を前方に戻すと、駆け出した。他のメンバーも、慌てて彼についていく。
ドラゴンが引き返してくることもなく、全員岩の屋根の下に辿り着いた。ようやく一息ついて、腰を下ろす。
ディランは後ろを振り返った。落ちたワイバーンを追っていったのか、ドラゴンの姿は見えない。
「こっちに気づいてなかったのか?」
「美味しそうじゃ、無かったのかも」
息を切らしながら、マリーがぽつりと言う。今頃食べられているのかもしれないワイバーンを想像して、ディランはぞっとした。何にせよ、襲われなくてよかった。
「今のうちに先に進みましょう。もう少し先でまた森に入るから」
「うん」
ディランは立ち上がる。エヴァを除いて、皆体力的にも精神的にも疲れているようだったが、素直にセリアの提案に従った。
後方を警戒しながら、五人は早足で進んだ。唯一平気そうな顔で後ろを歩くエヴァに、ディランはふと尋ねてみた。
「エヴァの攻撃は、ドラゴンにも通じる?」
「分からない。傷を負わせることはできると思うが、倒せるかどうか」
「そうか」
ディランは思案した。となると、どこを『斬る』かも問題になりそうだ。上手く首を狙うことができれば、一撃で
もしくは、倒せはしなくても、脅かすことぐらいならできるか。もっとも、誇り高いドラゴンのことだ。怒り狂って、執拗に狙われる可能性もあるが……。
マリーが何度か足を滑らせそうになるのを助けながら、先を急ぐ。やがて、道が岩壁を離れて左に反れ、下りに変わった。徐々に、周囲に生える木の数が増えてきた。道の先には森が広がっている。
と、右奥に見えていた山影から、一匹のワイバーンが現れた。新手だ。
「森に入るの優先!」
セリアが声をあげた。斜面がきつく、走るのは危険だ。皆、歩きながら必死で速度を上げる。
こちらに気づいたらしいワイバーンが、急降下してきた。先頭のウォードが立ち止まって、全員を庇うように剣を高く構えた。
だが空を飛ぶ敵が相手では、隊列など関係ない。ワイバーンは彼の剣を避けるように飛び、結果的に一番後ろのディランに向けて一直線に飛んできた。
「っ!」
迫る鉤爪を防ぐため、剣を掲げる。自分に受けきれるのか。身構えたディランだったが、攻撃は彼の元まで届かなかった。
彼の前にいたエヴァが、大きく手を振り上げて割り込んだ。掴もうとするワイバーンの足を振り払うと、魔物は再び飛び上がっていく。
「
マリーが叫ぶ。本物のブレスほど大きくはないが、帯状の炎が放射された。
「早く行って!」
セリアがウォードの背を押す。五人は再び動き出す。
マリーの魔法に懲りたのか、ワイバーンはそれ以上追ってはこなかった。さらに進むと、さっきまで眼下に見えていた森の中に入る。
「ここまで来れば安全ね」
日の光を遮る緑のカーテンを眺めながら、セリアが言った。ドラゴンやワイバーンの巨体では、木に引っかかって地面まで降りられないだろう。
でも、赤竜のブレスの威力なら、この森を焼き払うことも可能なんじゃないだろうか。ディランはふと浮かんでしまったその考えを振り払う。そこまで心配していたらきりがない。
「エヴァ、大丈夫か?」
はっとして、ディランは言った。ワイバーンの攻撃をまともに受けたのだ。早く怪我を治療しなければならない。
「大丈夫だ」
「って、全然大丈夫じゃないわよ!」
腕を掲げるエヴァを見て、セリアがぎょっとした表情になる。ディランも目を見開いた。右手に走る三本の傷はどれも深く、骨まで達している。ただし、血は一滴も流れていない。
「この程度なら、放っておいても治る」
「ほ、ほんとに?」
「本当だ」
特に痛みを感じた様子もないエヴァに、ディランは恐る恐る聞いた。本人がそう言うなら、問題ないんだろうか。とてもそうは見えないが……。
「横になっててもいいぞ、マリー」
ウォードの隣では、マリーがぐったりとした表情で座り込んでいた。体力を消耗したところで威力の高い魔法を使ったから、へとへとになってしまったらしい。
「なかなか迫力があったな」
若干興奮している様子のウォードを見て、ディランは曖昧な笑みを浮かべた。マリーも無言でこくこくと頷いている。
改めて休憩することに決めて、ディランたちは道端に座り込んだ。ちょうどいい時間なので、ついでに昼食も取ることにする。
硬いパンを荷物の中に出しながら、ディランはふとエヴァの方を見た。食事の必要の無い彼女は、座りもせずに後方にじっと目をやっていた。
「エヴァ、どうかした?」
「いや」
ディランが尋ねると、静かに首を振って、目を閉じた。
(なんだろ?)
彼女が見ていた方向に視線を向ける。森の向こうに、自分たちがさっきまで通ってきた山道が見えている。魔物が追ってきている気配は無い。
(まあいいか)
ディランは首を傾げると、食事の準備に集中した。
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