第11話 北の山脈

 森の旅は、大きな問題もなく進んだ。毛虫が服の中に入ったセリアが、大騒ぎしたぐらいだ。悩みの種になる野宿も、エヴァが寝ずの番をしてくれたおかげで、皆ぐっすりと眠ることができた。魔剣を発動させない限り、彼女はいくらでも起きていられるようだった。

 三日目の朝には、ディランたちは北の山脈まで辿り着いていた。山道になっても、しばらくの間は木が多く、空はほとんど見えない。まだ飛行型の魔物を心配する必要は無いだろう。

「マリーの実家は王都にあるのよね?」

 セリアが、隣を歩く少女に話しかけた。

「うん」

「王都に家を持ってるなんて、珍しいわね」

「そうかな」

「裕福じゃないと住めないって聞くけど」

「そうでもないよ」

 マリーはぷるぷると首を振った。

 いつの間にか、二人は普通に話すようになっていた。セリアにどういう心境の変化あったのだろうかと、ディランは不思議に思った。昨日の夜寝る時に、男性陣と少し離れて何やらお喋りしていたようだったから、それが原因なのかもしれない。

 ディランの方は、エヴァに昔の話を色々聞いていた。記憶は曖昧ながらも、部分的に覚えている場面はあるようだ。特に、戦った魔物についてはそこそこ覚えていた。

「ドラゴンを倒したことはある?」

「どうだったか。何度も見た覚えはあるな」

「へえ。それだけでもすごいな」

 やはり、実力のある冒険者と一緒にいたことがあるのだろう。ディランなら、ドラゴンに出くわしたら生きて帰れる自信がない。

 一瞬振り向いたセリアが、ぽつりと呟くように言った。

「……ま、剣だしね」

「なにが?」

「なんでもない」

 首を傾げるディランから、セリアはぷいと顔を背けた。

 この二組で喋っていると、残ったウォードは余ることになるが、彼は気にした様子もなく黙々と歩いていた。時折立ち止まって、道が合っているかをセリアと二人で確かめる。

「そろそろ森が切れるわね」

 地図を指さしながら、セリアは言った。ディランもそれを覗き込む。

「空の魔物に気を付けなきゃだめってことだね」

「ワイバーンか。戦ってみたい気もするな」

「もし襲われたらあなたは置いていくから、心おきなく戦ってちょうだい」

 セリアはウォードに冷たく言ったあと、マリーの方を向いた。

「マリーは戦ったことがあるのよね」

「うん。でも、倒せなかった」

 マリーはこくりと頷く。出発前に聞いた話によると、パーティでこの道を通っている時に、ワイバーンに会ったらしい。彼女の魔法を何度か食らわせると、逃げていったそうだ。

「追い払っただけでも十分よ。もし出会ったら、あなたの魔法を頼りにしてるから」

「わかった」

 胸元で両の拳をぐっと握りながら、マリーはもう一度頷いた。

「私を使えば、大抵の魔物は倒せると思うが」

 エヴァが横から口を挟む。セリアは少し考えてから、言った。

「一度しか使えないし、あなたを使うのは最後の手段ね。そもそもディランがきちんと当てられるのか分からないでしょ」

「……まあ、頑張るよ」

 ディランは自信なさげに言った。いくらエヴァが強力でも、扱う者が敵に触れられないと意味が無い。特に今回は空飛ぶ魔物が相手だし、難易度は高い。

 ちなみに、最初ディランはウォードに剣を使ってもらおうとしたのだが、願いを叶えるまでは所有者の変更はできないと言われて、諦めた。試しに彼がエヴァを使って木を斬ってみたが、ごく普通の剣と同じ程度しか斬れなかった。

 道を確認したあと、ディランたちは出発した。地図で見た通り、山を登るにしたがって徐々に木の密度が減っていく。やがて、完全に森を抜けた。日の光が、真上から降り注ぐ。

 右は切り立った岩壁、左は石と砂ばかりの急斜面に挟まれた細い道を、一列になって早足で進む。右手を壁に突きながら、ディランは斜面の下を覗き込んだ。かなり下の方、森が広がる辺りまで、急斜面がずっと続いている。落ちて大怪我を負うほどの角度ではないが、ここまで戻ってくるのはかなり苦労しそうだ。

 空を見ると、雲一つない晴天だった。今のところ、魔物の姿もない。このまま何事もなくいけばいいんだけど、と思っていると、先頭のウォードが声をあげた。

「む?」

「どうしたの?」

「静かに」

 セリアを黙らせると、ちらちらと上を見ながら歩き続ける。

「鳴き声が聞こえるな。この先だ」

「……ここでやり過ごす?」

「駄目よ、進んで」

 ディランの意見を却下して、セリアが前を指さした。エヴァを除く全員が、緊張の面持ちで歩みを進める。

「いるぞ」

 崖を右に回り込むような箇所を過ぎたあと、ウォードが言った。次いで角を曲がったセリアは、上擦った声をあげた。

「三匹!?」

(マジかよ……)

 ディランの目にも、空に浮かぶ三つのワイバーンの影が映っていた。

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