三章

第10話 旅

 翌朝、ディランたちは早速王都に向けて出発した。長期で前払いした宿代は、泣く泣く放棄することになった。路銀も結構な額になるし、痛い出費だ。守りの指輪が高く売れて、本当によかった。

 始めは街道沿いを歩けたが、すぐに森に入って道とも言えないような道を進むことになった。この先王都に着くまでは、人の住む場所を一切通らない。つまり、数日間は野宿をする羽目になる。入念な準備と計画が必要なルートだ。

 皆が持つ大きな荷物のほとんどのスペースは、水と食料に費やされていた。水源の位置は事前に調べておいたが、いつ確認された情報なのか定かではない。いくつかが無くなってしまっていても大丈夫なように、だいぶ余裕を持たせている。

 パーティの隊列は、普段とは少し違っていた。一つ目の理由は、狭い道が続くダンジョンよりも、後ろから襲われる可能性が高いため。二人目の理由は、メンバーが増えているためだ。

 先頭は、いつも通りウォードが陣取っている。タフで体が大きく、そして目が良い彼は、どんな時でも一番前を歩く。

 真ん中には、セリアとマリーが並んで歩いている。時々思い出したかのように話しかけるマリーに対して、セリアは曖昧な返事を繰り返していた。どうも、後ろのことが気になって上の空になっているようだった。

 最後尾には、ディランと、そしてすぐ隣にはエヴァがいた。剣の状態でいてもらう予定だったのだが、本人が人型でついて行くと言って聞かなかったのだ。さすがに普段の格好は露出度が高すぎるので、上にゆったりしたローブを着てもらっている。

 通常はこの状態で所有者を守り、強敵と戦う際にだけ剣に戻るのが、基本的な戦略らしい。彼女の魔剣としての性能を考えると、確かに合理的だ。全員説得されてしまったので、仕方なくこうなっている。

 セリアがちらりと後ろを向いたので、マリーもつられて振り返った。エヴァの方を見て、言った。

「ダンジョンにいる間、エヴァは何をしてたの?」

「あまり覚えていないのだ。何もせずに、ただ待っていたような気はする」

「案外最近なのかな、あそこに置かれたのは」

「魔剣の時間感覚なんて当てになんないでしょ」

 ディランの意見を聞いて、セリアはため息をついた。

 エヴァのことは、結局マリーには全て話すことにした。彼女はずいぶん興味を持ったようで、エヴァの体をぺたぺたと触ったり、質問攻めにしたりしていた。喋る剣、しかも人型になれるというのは、やはり相当珍しいらしい。

「先に見つけられなくて、残念」

「マリーのパーティは、あそこで魔道具とかは見つけたの?」

「少しだけ」

 首を振りながら、マリーは言う。ディランたちよりも探索した範囲はずっと広いのだろうが、運が悪かったのだろう。もしくは、ディランたちの運が良かったと言うべきか。

 前を歩いていたウォードが、唐突に言った。

「水の音が聞こえるぞ」

「道は合ってるみたいね。川があるから、そこに着いたら休憩しましょう」

「おう」

 セリアの言う通り、木々の隙間の向こうに川が見えてきた。心なしか、ひんやりした空気が漂ってきているような気がする。

「ここを離れたら、しばらく飲める水は無いからね」

「なら腹いっぱい飲んでおかないとな」

 そう言って、ウォードは川に近づいていった。だがあと数歩というところで、水面から何かが飛び出してきた。

「うおっ」

 顔面に向かって飛んできた物体を、ウォードは屈んで避ける。ディランが目で追うと、それは白地に茶色のまだら模様の魚だった。ただし、胸びれの部分には、カラスのような黒い翼が生えている。魔物だ。

 セリアが素早く弓矢を構える。森で火矢は使えないので、普通の矢だ。なかなか狙いが定まらないうちに、魔物はぐるりと旋回するようにして川に戻っていった。

「ちっ」

 舌打ちをしながら、セリアは弓を下ろす。

 魔物が帰るのを見届けたウォードは、剣を構えて一歩足を出した。するとまたしても、恐らくは同じ個体が飛んできた。彼は剣を振って打ち返そうとしたが、魔物はひらりと高度を上げて避ける。

氷の刃よアイス・ブレード

 高く浮いた魔物を狙って、マリーが魔法を発動させた。ナイフのような氷片が複数現れ、飛んでいく。同時に、弓を構え直していたセリアも、矢を撃ち出した。

 交差するように迫る二人の攻撃を、だが敵はかすらせもしなかった。馬鹿にするようにひらひらと不規則に動いて、またばしゃりと川に潜る。

 セリアが怒ったように弓をぶんぶんと振った。

「なによあいつ!」

「器用に動くな」

 ディランが呟く。攻撃を当てるのはなかなか難しそうだ。敵の体当たりはそれほど威力が高そうには見えないが、顔にぶつけると危険だ。

 隣を見ると、エヴァが川面にじっと目を向けていた。ふと思いついて聞いてみる。

「あいつを倒すのに、いい方法あるかな?」

「ある」

「どんな?」

「私の刃なら、真っ二つにできるだろう」

「……うーん」

 あんな小物にエヴァを『使って』しまうのは、少々勿体ない。それにそもそも当てられなくて困っているわけで、解決になっていないような気がする。

「ちょっと!」

 セリアが大きな声をあげるのが聞こえて、ディランは顔を向けた。いつの間にか、マリーが川辺に駆け寄ろうとしていた。

 三度現れた魔物を、マリーはひょいと避けた。水面に手をかざして、じっと見つめる。

「……氷の棺よフリージング・コフィン!」

 魔物が川に戻ろうとしたその時、普段の様子からは想像もつかないほど気合の籠った声で、マリーは叫んだ。彼女のいる場所を起点に、川面が広い範囲で一瞬にして凍り付く。魔物は、背びれだけを出して氷の中に閉じ込められていた。

 ウォードが即座に反応して、駆け出す。突き出した剣が氷を割り、魔物を串刺しにした。

 彼は川面を足で何度か蹴ると、感心したように言った。

「うーむ、すごい威力だな」

「……」

 マリーは少し疲れた顔をしながらも、無言でぐっと親指を立てた。

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