第8話 契約

 小さな部屋の中に四人も集まると、さすがに狭く感じられた。物が散らかっているからなおさらだ。綺麗に片付ける暇はなかったので、服や武具は部屋の端に押し込められている。

 そもそも、座る場所が足りない。セリアだけは椅子に座っていたが、ウォードは机に腰掛けている。そして残りの二人、人型の魔剣とディランは、並んでベッドに腰掛けていた。がディランの近くにいることを希望したからだ。

(居心地悪いなあ……)

 ぴたりとくっついた体から、暖かい体温を感じて、ディランは身じろぎした。セリアにぎろりと睨まれる。

 セリアは、彼女の生い立ちや能力、前の持ち主のことまで根掘り葉掘り聞き出そうとしていたが、いまいち覚えていないことが多かった。

 唯一能力に関しては、しっかり覚えていた。セリアが予想した通り、魔力を蓄積し、一太刀で開放するようだ。強力だが、使いづらくもある。よほどの強敵と戦うための武器なのかもしれない。例えば、ドラゴンだとか。

 魔力を蓄積している最中は、人の姿を取ることも、喋ることもできないらしい。眠っているような状態になるようだ。

「君の願いっていうのは何なの? ダンジョンで聞いた」

 セリアの質問攻めがひと段落ついたところで、ディランは聞いた。ずっと気になっていたことだ。あの時は仕方なかったとは言え、内容も聞かずに引き受けてしまったのは、やはりまずかったかもしれない。

 だが彼女は、あっさりとこう言った。

「実は、それも覚えていないのだ」

「……そうなのか」

「あの時は、覚えていたような気がしたのだが」

 彼女は小さく首を傾げた。どうも、はっきり覚えているのはディランが剣を抜いた後のことだけらしい。

「覚えてないなら仕方ないわね。無効でしょ」

 セリアは肩をすくめる。だが、ディランの隣に座る魔剣は、首を振って言った。

「いや、そうもいかない。願いは一か月以内に叶えられる必要がある」

「一か月過ぎたらどうなるの?」

「その場合、私の持ち主、つまりディランが死ぬことになる」

「は!?」

 セリアは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。ディランも、隣にある顔をぽかんとした表情で見た。

「覚えてないのにどうしろって言うのよ!」

「文句を言われても困る。そのように決まっているのだ」

「じゃあさっさと思い出してよ!」

「努力はしよう」

「努力って……」

 セリアは親指の爪をぎりりと噛んだ。当のディランよりも、むしろ彼女の方が焦っているようだった。

「持ち主を交代できないの?」

「願いを叶えるまでは、基本的にはできない」

「……方法はあるのね」

「放棄することはできる。私を壊せばいい」

「どうやって? 折ればいいの?」

「それは憶えていない」

「本当でしょうね」

「私は嘘はつけない」

 魔剣は淡々とした口調で言った。嘘を言っているようには見えない。セリアは椅子に座り直すと、溜息をついた。

「勿体ないけど、最悪それしかないわね」

「壊すって、その……この人を殺すってこと?」

「剣相手に何言ってんのよ」

 険悪な目つきで睨まれ、ディランは黙った。セリアの言うことも分かるが、心情的には納得しづらい。

「……とにかく一か月はあるんだし、頑張って思い出してもらおう。俺たちにも、何かできることがあるかもしれない」

「壊す方法も調べないとね」

「それは、うん」

 ディランは同意すると、魔剣の方を向いて言った。

「そういうわけで、しばらく一緒に居てもらってもいい?」

「当然だ。私はディランの物だからな」

「そ、そう」

 真面目な表情で頷かれて、ディランは若干頬を赤くした。そう言う意味ではないのだろうが、今の姿で言われるとどうしてもそんな風に聞こえてしまう。またセリアに睨まれているような気がした。

「そうだ。名前が無いと不便だから、仮に付けたいんだけど、いいかな?」

「必要ならば、そうしてくれ」

 魔剣はためらいなく頷いた。ディランは言った。

「じゃあ、エヴァ、で」

「お、有名な魔剣の名前だな」

「うん」

 口を挟むウォードに、ディランは頷いて返す。ディーという伝説的な冒険者が持っていた、喋る魔剣の名前だ。目の前の彼女のように、女性の姿を取ることもあったらしい。

「じゃあよろしく、エヴァ」

「ああ」

「……それから、ずっと気になってたんだけど、なんで俺の名前知ってたんだ?」

「私が、触れたものの心の中を読めるからだ」

「げっ」

 セリアは下品に呻くと、エヴァから距離を取った。彼女はそれを気に留めた様子もなく、言葉を続ける。

「例えば、ディランが今考えていることは……」

「待った待った!」

 ディランは慌てて制止する。そんな彼に、セリアが胡乱うろんげな視線を向ける。

「言われちゃ困るようなこと考えてたの?」

「いやそんなことないけど、勝手に話されたら嫌だろ普通……」

「そうか、気をつけよう」

 エヴァが重々しく頷いた。

(しかし、心の中を読めるだなんて)

 エヴァの近くにいる時は、余計なことを考えないようにしなければならない。例えば……いや駄目だ駄目だ。

 慌てて彼女から視線を外し、セリアの目線からも逃れるようにして、結局ウォードと見つめ合うことになった。

「で、結局どうなったんだ?」

「……今から説明するわ」

 首を傾げるウォードを見て、セリアはため息をついた。

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