第7話 魔剣

「あ」

「なに?」

 自室の扉に手をかけたところで、ディランは声をあげた。セリアが不審げな目を向ける。

「いや」

 なんでもない、と首を振る。しまった、部屋を片付けておくんだった。セリアが見たら確実に嫌な顔をされるだろうが、今更だ。諦めて扉を開く。

 その先の光景を見て、ディランは固まった。

 若い女性が、部屋のちょうど真ん中に立っていた。怜悧れいりな顔立ちを、ディランたちの方に向けている。髪は腰まで伸びていて、背は高く、そしてスタイルはとても良かった。何故それが分かるかというと、胸元から足の付け根辺りまでしか覆っていない、下着も同然の格好をしていたからだ。

 バタン、とセリアが勢いよく扉を閉める。ディランははっとした表情で言った。

「す、すみません! 間違えました!」

 心臓が、ばくばくと音を立てている。ウォードも目を丸くしているようだった。セリアには冷たい視線を向けられているような気がするが、目を合わせる勇気が無い。

 隣の部屋だったかなと思って、もう一度部屋番号を確認する。だが、それは確かに自室の番号だった。

「あれ?」

 辺りを見回して、廊下の景色を確認する。やっぱりここだ。間違えてはいない。

「まさか」

 セリアの視線の温度が、氷点下まで下がる。

「あなたが連れ込んだんじゃないでしょうね。さっき扉を開けかけて止めてたし……」

「そ、そんなわけないだろ!?」

 ディランは慌てて首を振った。ウォードも、そうだったのか、みたいな目で見るのを止めて欲しい。だいたい、自分だって同じ部屋のはずなのに。

 何故こんなことになっているのか、必死で考えた。すぐに、一つの考えが浮かぶ。

「分かった、向こうが間違えてるんだよ!」

 それなら納得がいく。部屋に入ってもまだ間違いに気づかないなんてあるのかと言われると、微妙なところだが……。

 ディランは乱暴に扉を叩いた。こちらが何か言う前に、向こうから扉が開けられた。服はさっきと変わっていない。見てもいい物か分からずに視線をうろうろとさせていると、突然腕をぐいと引っ張られた。

「よく来たな、ディラン」

 口元をわずかに緩め、女性はそう言った。ディランは足をもつれさせながら、部屋の中に引き込まれる。

「いやここ、俺の部屋なんだけど……え?」

 そもそもどうして自分の名前を知っているのだろうか。どこかで聞いたことのある声だが、姿に見覚えはない。

「俺たちは退散した方がいいか?」

「いやいや、待って待って」

 ウォードの言葉に、ディランは慌てて首を振った。こんな時に限って、変に気を回さないで欲しい。セリアにはすごい表情で睨まれている。

「あ!」

 ディランは声をあげた。どこで彼女の声を耳にしたのか、ようやく思い当たる。

 部屋の中をぐるりと見渡す。あったはずの物がなくなっている。間違いない。

「もしかして君、俺がダンジョンで拾った魔剣?」

「そうだ。……ああ」

 女性は何かに気づいたかのように、小さく頷いた。直後、その姿がかき消える。

 床を見ると、そこにはあの魔剣が横たわっていた。ディランが手に取ると、羽のように軽い。

『ヒトは見た目で対象を区別するのだったな。ふむ、忘れていた』

「突然知らない人がいたから、びっくりしたよ」

 頭の中の声に、ディランは返事する。喋るだけではなく、姿を変えることまでできるなんて、よっぽど強力な魔法がかかった魔剣だろう。それに、彼女の言葉からは知性が感じられた。

「ちょ、ちょっと待って」

 混乱した様子のセリアが、手のひらをディランに向けつつ言った。

「さっきの人が魔剣? 人に変身できるの?」

「そういうことみたいだね。そういえば君、名前は?」

『なんだったか……忘れてしまった』

「忘れた?」

『ああ』

 長い間、あそこに放置されていたのだろうか。首を捻るディランを、セリアは不審げな表情で見つめていた。

「なにか喋ってるの? 今」

「ん?」

 ディランは眉を寄せた。手元の剣に目をやる。

「もしかして、君の声って俺にしか聞こえてない?」

『そうだな。不便なら、先ほどの姿に戻るが』

「うん」

 答えてから、この状態で戻るとどうなるんだ? とディランは少し不安になった。手の上に乗られても困るのだが……。

 だが、それはさすがに杞憂のようだった。剣が消えると同時に、目の前に先ほどの女性が現れる。ちゃんと床に立っていた。ただ、ちょっと近すぎる。

「ところでディラン」

 女性は、まだ扉の外にいる二人に目をやった。

「彼らは何者なのだ?」

「何者って……仲間だけど」

「ヒトも群れるのか?」

「そりゃあ、うん」

「ふむ。前の私の持ち主は、ずっと一人だったような記憶があるが」

「へえ」

 優秀な冒険者だったのだろうか。魔剣がダンジョンの中にあったのは、その冒険者があそこで力尽きたのか、それとも何か意図があって置いていったのか。

「ちょっと、そっちだけで話し込まないでよ!」

 セリアが、バン、と壁を叩いた。ディランは首をすくめる。

「こっちから質問するから、ちゃんと整理して話してちょうだい。いい?」

「ディランが許可するなら、構わない」

「え、俺? もちろん、いいけど」

 突然話を振られたディランは、こくこくと頷いた。何故かセリアに睨まれた。理不尽だ。

 成り行きを見守っていた、というよりも状況を理解していなかったらしいウォードが、ぽつりと言った。

「で、どうなったんだ?」

「それを今から話すの!」

 セリアは怒ったように言うと、ずんずんと部屋の中に入っていった。散らかった部屋を、ディランは慌てて片付け始めた。

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