二章

第6話 帰還

 朝日を顔に感じて、ディランは飛び起きた。無理やり体を動かして、ベッドから降りる。とすん、と床に着地して、深呼吸。

 部屋の中をぐるりと見渡す。もう結構長く泊まっているから、すっかり見慣れてしまった景色だ。脱いだ服や武具、その他分類のできない雑多な品々が散らばっているのが目に入る。セリアに見せたら、今すぐ片付けろと怒られるかもしれない。

(よし)

 頭がすっきりしてきた。今日は二度寝せずに済んだようだ。

 ウォードのベッドを見ると、いつも通りもう空になっていた。今頃は鍛錬の時間だろう。毎日決まった時間に、ストイックに続けられのはすごいなと思う。ディランも剣の練習はしているが、毎日ではない。やる気のある時だけだ。

(そうだ)

 床に転がっている豪華な意匠の剣を、ディランは持ち上げてみた。見た目よりも、少し重さが足りない。昨日寝る時よりはだいぶ軽くなっているが、最初はもっと羽のよに軽かった記憶がある。ダンジョンから持って帰ってきたこの剣は、時間が経つごとに徐々に軽くなっているようだった。

 恐ろしいほどの、いやあり得ないほどの切れ味を発揮したこの剣だが、町に戻って試し切りしてみると、全くのなまくらになっていた。セリア曰く、魔力を蓄積して、斬る時に開放するタイプの魔剣ではないかということだ。重くなったり軽くなったりしているのも、それが関係するのだろう。

 何にせよ、極めて貴重な、つまり高価な剣であることは間違いない。できれば手元に置いておきたいが、多分売ることになるだろう。そのお金で全員の装備を揃えた方が有用だからだ。こんな強力な魔剣、もっと優秀な冒険者が持つべき物だ。

(また喋るようになるのかな?)

 剣を抜く時に聞こえてきた声は、あれ以来一度も聞いていない。本当に剣が喋ったのかも、まだよく分からない。

 内容も確かめずに願いを聞くなんて言ってしまったものだから、早く話をしたい。魔剣が使用者に『契約』を求めるというのは、よくあるパターンだ。契約を破ったときのペナルティは、魔剣を使えなくなることから、使用者に被害をもたらすものまで様々だ。

 ディランは剣を置くと、顔を洗うために部屋を出た。


「お、肉か」

 セリアとディランが朝食の準備を終えた頃、ウォードがちょうど帰ってきた。三枚の皿の上には、柔らかくて食べやすいパンと、小さく切ったステーキが並んでいる。さらに、野菜がたっぷり入ったスープまで付いている。

「さっき買ってきたんだよ」

 ディランが皿を差し出した。朝食には少し多いが、稼いだお祝いだ。昨日の夜は疲れ果てていて、ちゃんと料理する余裕が無かった。

 ダンジョンで見つけた守りの指輪は、予想通り高値で売れた。治癒の軟膏などの経費を除いても、結構な黒字だ。それに、あの魔剣がある。

「剣は元に戻ったのか?」

「いや、まだだね。でももうすぐだと思うよ」

 久しぶりの肉を口に入れながら、ディランが言った。思わず手が止まる。さほど高い肉では無かったが、涙が出るほど美味しく感じた。

 が、どうやらウォードの口には合わなかったようだ。彼は肉を一つ食べ終えたあと、眉を寄せてぽつりと呟いた。

「ちょっと硬くないか」

「……嫌なら食べなくていいわよ?」

 セリアがドスの効いた声を出す。折角今日は機嫌が良かったのに、とディランは溜息をついた。わりと大雑把な性格をしているこの大男だが、食に関してはうるさい。

「おはよう」

 不意にかけられる声。声の主に視線を向けると、マリーがぱたぱたと手を振っていた。セリアの機嫌がさらに悪くなるのを、ディランは感じた。マリーのせいではないが、なんとも間が悪い。

 彼女は三人の顔を見、テーブルの上の料理を見、そのあとディランに目を向けて、言った。

「お祝い?」

「南のダンジョンで稼いでね。マリーが教えてくれたおかげで助かったよ、ありがとう」

「上手くいったんだ」

 マリーは口元を少しだけ緩めて、頷いた。ウォードが誇らしげに言う。

「ああ。まさかあんないい物が手に入るとは……」

「ちょっと」

 セリアに脇腹を肘で強く突かれて、ウォードは小さく呻いた。どこで何を手に入れたかの情報なんて、あまり他人に話すことではない。基本的に、他のパーティは全てライバルなのだ。

(マリーにぐらいは教えもいいと思うけど……)

 と、ディランは思った。元々、あそこの情報をただで貰ったお陰で、指輪も魔剣も手に入ったようなものだ。セリアが怖いので、口には出さなかったが。

 マリーは首を傾げたあと、どう納得したのかは分からないが、こくりと頷いた。ぱたぱたと足音を立てて、去って行く。

 セリアは、彼女の後姿にしばらく視線を向けていたようだった。やがて、硬い表情で食事を再開する。

(なんでマリーのこと嫌ってるんだろう)

 彼女の魔法の威力が羨ましいのだろうか。とても本人には聞けない。二人が鉢合わせないように努力するぐらいしか、自分にできることは無い。今日みたいに、どうしようもないことの方が多いが……。

「食べ終わったら、剣を見に行ってみない?」

 ディランが提案すると、二人はこくりと頷いた。

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