第4話 魔道具

着火イグナイト!」

 熱気がぶわっと膨れ上がり、男二人の間を通り過ぎていった。火矢が命中したとたん、魔物の一体がぱっと燃え上がる。油ぎった『巨大蜂』は、非常に燃えやすい。

 残りの二体が、警戒するように天井付近まで飛び上がる。こちらの前衛と同じく、左右に分かれている。ディランは、自分に近い方の蜂の動きを目で追った。

「一匹ずつ分担すればいいかな」

 横にいるウォードをちらりと見る。予想と違って、彼の視線は通路の床、蜂の真下あたりに向いていた。

「蜘蛛もいるぞ」

「え、一匹?」

「多分な!」

 ウォードは全くこちらに目を向けず、睨むように床を凝視していた。そうしていないと見失ってしまうのだ。

「ディラン!」

 セリアが悲鳴のような声をあげた。巨大蜂の片方が、ディランに一直線に向かってきた。ディランは驚きつつも剣を突き、その体を串刺しにした。

 すぐに、残りの蜂も突撃してくる。刺さった死体を外している暇はない。

 敵の軌道を遮るように、剣を振り回す。魔物は止まることなく、刃に勢いよく突っ込んだ。千切れかけた体が、地面にぼとりと落ちる。

「ふう」

 ディランはほっと息をついた。巨大蜂は動きが単調で、よく見ていれば剣で迎撃するのはさほど難しくはない。ただし、針に備わった麻痺毒は針金蜘蛛よりもかなり強いので、失敗すると酷い目に会う。

「やるじゃない」

 戦果を見て、セリアが感心したように言う。

 ウォードの方は、近づいてきた針金蜘蛛を難なく倒していた。しばらく通路の先をじっと見ていたが、新手はいないようだった。

「この程度なら問題ないな」

「今のところはね。油断はしないでよ」

 楽観的なウォードに、セリアは釘を差した。


 二階での最初の戦闘が終わった後も、三人は何度か魔物の集団に襲われた。数匹の巨大蜂だったり、蟻と蜘蛛のセットだったり、三種混成部隊だったり。一度などは十匹近くも蜘蛛がいて、全員何度か刺されてしまったおかげで、しばらく休むことになった。

 だがそれでも、普段の二階に比べればやはり魔物の数は少ないようだった。実際に来たことは無いので話に聞いただけだが、十匹どころか、通路を埋め尽くすほどの集団に出くわすことなど珍しくもないらしい。

 だからよっぽどの手練れでもなければ、マリーのように威力の高い魔法を操れる魔術師が、パーティに必須と言われている。セリアも魔法は使えるが、火矢に着火する程度の威力しか出せない。

 やがて、三人は地図の空白地帯に辿り着いた。セリアは通路の伸びる先と地図を何度も交互に眺め、どう進むべきかに頭を悩ませているようだった。

「そう言えば」

「なによ」

 ウォードの呟きに、セリアは眉を寄せて反応した。どうでもいいことだったら承知しないからね、とでも言いたげだ。

「なんで魔物が減ってるんだ?」

「……」

 真っ当な疑問だった。セリアは少し考えるように、首を捻る。

「そうだね、なんでだろう? 魔力が減ったからとか?」

 黙ってしまった彼女に代わって、ディランが口を開く。魔物は魔力が濃い場所に生まれる。古代の魔法によって造られたダンジョンは魔力の宝庫なので、魔物も多い。

「魔力って減ったりするのか?」

「……多少は上下するでしょうけど、大幅には変わらないはずよ」

「うーん、そうか」

「考えても仕方ないわ。魔物のことなんてよく分かってないんだから」

 セリアが首を振る。ディランは少し引っかかったが、セリアがそう言うならそうなんだろうと、自分で自分を納得させた。

 方針が決まったらしく、セリアは行き先を指示した。三人は再び歩き出した。

 先ほどよりも歩調を落とす。未探索地域は危険性が高いから慎重になっているのもあるが、それ以上に、セリアが地図を描きながら進む必要があるためだ。魔物も怖いが、地図も無い所で迷うのはもっと怖い。

 何度か角を曲がったあと、長い直線の道が続いた。後ろで地図を描いていたセリアが、立ち止まるように何度か指示する。曲がり角も横道も無いと、描くのは楽だが距離感が掴みにくい。

 地図の確認を終えて出発した直後、ウォードが声をあげた。

「む?」

「敵?」

「いや」

 立ち止まるディランに構わず、ウォードは目をすがめつつ、すたすたと歩みを進める。仕方なくついていくと、彼が何に気づいたのかが分かった。

 曲がり角のところの地面に、指輪がきらりと光っていた。何の装飾も無いシンプルな銀の輪に、小さな赤い宝石がはまっている。周りには、腐った木片が散らばっている。元々は木箱だったのかもしれない。

「魔道具かな?」

「ちょっと待って」

 前に出たセリアが、しゃがみこんで指輪をじっと見る。触れないように気をつけながら、指輪に手をかざした。

あばけ」

 小さく呟くと、彼女の手から、光の粒子がいくつも湧き出た。それは指輪にまとわりつくように、ふよふよと浮かんでいた。

 しばらくすると、粒子は次第に数を減らし、最後には全て消えてなくなった。セリアは指輪を拾い上げた。

「守りの指輪ね、結構いいやつ。呪いもかかってないわ」

「ラッキーだな」

 ディランは口元を緩めた。

 守りの指輪は最もポピュラーな魔道具の一つで、世界中のダンジョンで見つかっている。それでいて需要も多いので、決して安くはない。良いものならなおさらだ。

 皆若干じゃっかん上機嫌になって、再び歩き出した。

 次に出てきた一匹の鋼蟻は、踏む直前になって、セリアがぎりぎり気づいた。靴に穴を開けられなくてよかったなあと思いながら、ディランは剣でべしべしと潰す。

 ウォードの方を見ると、彼はまぶたをごしごしとこすっていた。いい加減、目が疲れてきたらしい。

「休憩する?」

「まだ大丈夫だ」

 口角を上げ、彼は歩き出した。

「しかし少々手ごたえがないな。もう少し数が多くてもいいんだが」

「馬鹿なこと言わないでよ」

 セリアがため息をつく。ウォードは眉を寄せて振り返った。

「新しい武器に慣れるチャンスじゃないか」

「はいはい」

 セリアはもう一度、わざとらしくため息をついた。指をさして、前を向けと無言で指示する。

「他に魔物はいないのか?」

「今日会った三種類だけじゃない?」

 ウォードに視線を向けられ、ディランは答えた。直後に、ふと思い出して言いなおす。

「そうだ、黄金こがね蟻っていうのがいるよ。滅多にいないけど、捕まえたら高く売れるらしい」

「強いのか?」

「いや、鋼蟻と変わらないらしいけど」

「つまらん」

 後ろでは、セリアがまたため息をついていた。

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