第2話 ヒイラギ・イサヤの平和な日常
少女、ヒイラギ・イサヤは一面が真紅の空間にぽつんと立っていた。
地面は固まった瘡蓋のように赤黒く、空は血のように赤い。そんな光景のせいか、血のような香りが漂っていた。
それはイサヤにとって不快なものではなかった。これこそが生命の素、自分がここから生まれてきたのだという回帰にも似た感覚を味わっていた。
そんな思いとは別に、なぜ、と疑問に抱いた。自分はいつものように夜、床に入ったはずだと。それから遅れて、なぜ自分は裸なのかという疑問も生まれた。
そうして首を傾げていると、一人の少女が目の前に現れた。自分が瞬きをした一瞬の出来事の合間に。
突然少女が現れたのもあるが、それよりも驚いたのはその少女の容姿が自分そのものだったためである。
赤橙色の長い髪、目鼻が整っているものの幼さを感じさせる容姿、身体はほっそりしていて、何も身にまとっていない、ありのままの姿。だからこそ目の前の相手が自分自身なのだと理解できた。
理解したところで今の状況に納得がいくわけではない。ますますイサヤは深く首を傾げた。ついでに、自分の発育の遅さに嘆きすら覚えた。自分と同じ屋根の下に暮らしている年下の少女のほうがまだ育っていると。
「時は近い」
イサヤの思考が脇道に逸れそうになった頃合いを見計らってか、目の前の少女が話しかけてきた。
「なんのことですか?」
「お前は選ばれた。これより先、お前は力あるものとして、地上の人間にその力を与える存在となる」
さてはこれは夢だな、とイサヤは納得した。そして、自分にはそんな壮大な願望があったのか、と己を省みる。
「えぇと、もう一人の私さん?私ってそんなに思い込み激しかったですか?」
イサヤは少女に問いかけるが、答えは返ってこない。どうしたものかとそ考えて、あることに気づいた。
夢だと自覚したのに一向に目覚める気配がない。夢にしては見ている風景があまりに鮮明だ。さらに夢のはずの世界で匂いを感じたのは明らかに変。こうして手を握りしめる感触が確かですらある。
まさか夢ではない、とイサヤが再び混乱に陥る。それと同時に、少女の全身に赤い紋様が浮かび上がった。
足先から顔に至るまで刻まれた、薄く流体のように脈動するの赤い紋様。それはイサヤそっくりの少女の容姿を神秘的で、まるで至高の芸術であるかのような美しいものへ変貌させた。
「これより移植を始める」
そしてその言葉と同時に、少女の身体赤い粒子が少しずつ溢れだし、イサヤに向けて向かってきた。イサヤが避ける間もなくその粒子が身体に触れると、浸透するように入り込んだ。
それについて考える間もなく、イサヤは痛みを感じて咄嗟に腕を見る。すると、そこには少女と同じ紋様が刻まれ始めた。
「きゃあっ!?」
イサヤは驚きのあまり悲鳴を上げた。紋様は腕を起点にみるみるうちに広まっていく。これが単に自分の容姿だけではなく、在り方すら変えるものだとイサヤは本能で察した。
受け入れたくない。受け入れるしかない。受け入れるべきだ。そんな奇妙な実感を味わいながらイサヤの意識は薄れていった。
「ああああああああああああっ、……あれ?」
そして、イサヤはベッドから上半身だけ起き上がった状態で声をあげていた。それはさほど大きい声ではなかった。
「どうしたの、イサヤ姉?」
それでも上のベッドで寝ていた少女が起きるには十分な声だった。少女は上のベッドから身を乗り出してイサヤの様子を見ていた。
短い黒髪で、少しつり目の、猫のような印象の少女。イサヤより一歳年下だが、イサヤが羨むくらいには育っている。少女の名前はクミコ。
イサヤは首を傾げる。何かひどく変な夢を見た気がすると。それがなんだったかを思い出そうとするが、どう頑張ったことで思い出せなかった。
「どうしたんだろうね?」
「私が聞いてるんだけど……」
クミコは戸惑うが、イサヤは夢の内容を思い出すのをあっさり諦めて、意識を切り替えいつもの朝を始めることにした。起こされる形となったクミコはまだ寝足りないので再び横になった。
イサヤは町の孤児院に住んでいる。赤子のころに孤児院の玄関前で捨てられているところを拾われた。そして、以来ずっと孤児院で暮らしてきた。
孤児院にはイサヤを入れて九人の子供と、院長が一人暮らしている。イサヤは今年で十六歳で孤児の中では一番の年長。年長としての責任感を抱き、毎日の家事や子供達の世話を引き受けている。
イサヤはまず朝の身支度をした。長い髪は三つ編みの二つ結びに。服は白いシャツのうえに緑のベスト、下は紺の長いスカート。そして家事をするための白いエプロンを身につけている。
そしてイサヤが台所で朝食を調理していると、隣の居間に一人やってきた。
短い白髪、顎鬚を蓄えた、大柄な壮年の男性。一見厳格そうに見えるが、朗らかな包容感ある雰囲気を漂わせている。
彼の名前はヒイラギ・タダオ。この孤児院の院長をしている。
「おはよう、イサヤ」
「おはようございます、院長」
タダオにあいさつされ、イサヤも同じように笑みを浮かべる。
「今日はいい天気ですね、溜まっていた洗濯物も綺麗に乾きそうです」
「そうだなぁ、せっかくだから昼過ぎにみんなを公園に連れて行ってみようか」
「いいなぁ、私もついていきたいです」
二人の間に気兼ねや遠慮はない。イサヤにとってタダオは父親も同然の相手だった。
それから少し経って子供達も起きてきた。イサヤは忙しそうに朝食の準備を進め、イサヤに次いで年上のクミコが子供たちの面倒を見ている。
「なんでズボン履いてないの、部屋いって履いてきなさい」
男の子の一人が下はパンツ一丁でやってきたためクミコは注意した。しかし男の子から漂ってくる臭いを察し、自分の面倒が一つ増えたことを察した。
そんな慌しい時間を終え、全員が居間に集まり席に着く。
居間は中央に大きな長机があり、人数分の椅子が囲むように置いてる。部屋の脇には暖炉や食器棚、絵本を入れる書棚などが置かれていた。慎ましやかだが、住人の思い出が詰まった生活感のある空間。
タダオが両手を合わせるとイサヤと子供たちも同じようにした。
「大地の神ドルドン、今日という日を健やかに過ごせるように、邪神ムボウの災いから守ってくださるようにお願い申し上げます。
生命の神メリシュ、我々に命を賜り、日々の糧までもお与えいただけることに感謝いたします。
御二方の永遠の繁栄と、すべての人の幸福な暮らしが続きますよう、ここに祈りを捧げます」
タダオの食前の祈りが終わると同時に、子供達はいっせいに食事を始める。祈りは特に年少の子供達にとっては退屈なものでしかない。タダオはいつもの光景に肩をすくめた。
しかし祈りを疎かにすることはできない。この世界では事実として神の恩恵がもたらされているからこそ人類は生きていけるからである。その認識はこの世界を生きる者達にとって常識のものだ。
食事中は騒々しい。やんちゃな男児が隣の女児にちょっかいを出したり、料理で遊びだす子供がいたり、苦手なものをそれとなくよけたり、そのたびにタダオやイサヤ、クミコが注意する。なんとも騒々しい食事風景だった。
イサヤが一人で先に食事を終えると壁にかけられている時計を確認した。
「クミコ、私そろそろ仕事に行かないといけないから洗い物お願いね」
「うん、いってらっしゃいイサヤ姉」
クミコは頷いて送り出す。2年前から、イサヤが仕事に行っている間の家事などはクミコが受け持つようになった。クミコの他に何人かの子供がイサヤに声をかけ、イサヤもそれに軽く手で応える。
「気をつけていってきなさい」
「はい、いってきます」
最後にタダオの言葉に応え、イサヤは居間を後にした。それから自分とクミコの部屋へ行き、仕事用の鞄を持ち出し、玄関までの廊下を進み、外への扉を開く。すると強い日差しが彼女の顔を照らす。それを心地よさげに手をかざして受け止め、気分を良くして軽い足取りで自分が勤めてる職場へと歩き出した。
イサヤが住む町の名はタカマツリ町。人口6300人の小さな町で、周囲を森に囲まれている。町の居住区は城壁で守られ、その外を畑が囲っている。寺院の結界は畑にまで範囲が及んでいるため、平時の際は町に雇われた小作人が畑の手入れ、収穫をする。
仕組みとしては他の町とあまり変わらないが、今や四十にまで減った人類の重要な生存区域。
「おはようございます、ササキさん」
「おはよう、イサヤちゃん」
「風邪はよくなりましたか?」
「おかげさまでねぇ、お見舞いありがとう」
イサヤは歩きながら、途中ですれ違う近所の知り合いに元気にあいさつをする。イサヤは人当りが良く付き合いも良いため大体の相手は快く応対する。その分たまに長話になってしまったりするため、注意が必要なほどだ。
そんなイサヤでも敬遠してしまう相手はいる。
職場までの通り道にある広場にさしかかる。そこには一人の男がいた。
痩せ気味で、髪型を綺麗に整え、髭も生やしていない。一見するとごく普通の中年男性。しかしそれを台無しにするかのような内容を、声高々と叫んでいた。
「ムボウの眷属は相容れぬ敵などではない。彼らが我々を攻撃するのは、それ以外に他生物と会話をする術を知らないからだ」
男の前を通り過ぎる人々は大体が迷惑そうに、あるいは怪訝とした表情を浮かべ、関わるまいと足早になる。話している内容があまりに非常識であるためだ。しかし男はそうした態度にめげることなく言葉を続けていく。
「それに対し我々が武器を携え、聖戦士をけしかけてまで彼らを拒絶しようとするから、彼らもまた必死になるだけなのだ」
自分の話している内容に浸るように、演説の声量はますます大きくなっていく。足を止めて男の演説を聞き始める者も僅かだが現れ始める。
「我々がすべきことはムボウの眷属、ケバルやガランバを拒絶することではない。彼らを理解し、対話を試みて、共存の道を模索することこそが我々が真に取るべき道なのだ」
イサヤは話している内容をとくにどうと思うことはなく、その前を通り過ぎた。
「我々『漂う羽』は邪神とされるムボウとの対話を試みて、この地上に真の平和を築くことを目的とする。私の話に少しでも共感したものはぜひ、この私、シドリ・ミキヒコの下に尋ねにきてほしい」
そうして男、ミキヒコの演説はいったん区切られる。彼の付き人の若い男性がミキヒコにタオルや飲み物を渡し、キミヒコは礼してそれを受け取った。
イサヤは広場から遠ざかっていく最中に、自分の兄にあたる人が彼らのことで気を揉んでいたことを思い出した。
広場を通り過ぎて、店が立ち並ぶ道を進み、ようやく自分が働いている職場、『ハラペコ食堂』の看板が目に入った。他の店に挟まれた赤い屋根に白い漆喰の壁の平屋の建物。
まだ開店していないため店先にはお品書き板はなかった。扉の窓は中が見えないよう内にカーテンがかけられ、準備中と書かれた板が見えるように吊るされている。
イサヤは脇道から裏手に周り、身体の埃を払ってから裏口の扉を開けた。中に入り裏口の扉を閉めると、鞄から若草色のエプロンと頭巾を取り出して身につける。そして短い通路を歩き扉を開けた。
中は調理場で、入った途端、食欲を誘う香りが漂ってくる。イサヤはそれを嗅いで気分を良くしながら、調理場にいる女性に目を向けた。ふくよかな体型の中年女性、白い調理帽を被り、白い半そでシャツと薄緑のズボンの上に茶色のエプロンをつけている。女性は釜戸の前に立ち、火にかけてある大きな鍋の中身をお玉でかき混ぜていた。女性はこの店の店長で、名前はハジバ・ヤスコ。
「おはようございます、店長」
「おはようイサヤ、今日もおさげがばっちり決まってるじゃないか」
「普段通りですよ?」
「私が男なら放っとかないよ」
イサヤは照れ臭そうに両手の掌を向けて左右に振り、ヤスコはそれに軽く笑って応えた。
この二人の仲はそれなりに長い。イサヤは10歳の頃に孤児院の仕事や副業に追われるタダオの負担を少しでも減らそうと考えた。そこで当時から知人であったヤスコの家事の腕を見込んで師事を仰ぎ、以来続いている仲である。
「それじゃあ、いつも通り綺麗に台や椅子、床の掃除をしておくれ」
「ピカピカにしますね」
イサヤの元気な言葉にヤスコは笑みを浮かべて頷く。明るく素直で頑張り屋なイサヤはヤスコにとって娘同然だった。
それからヤスコの料理の仕込みが終わり、店は開店する。しばらくすると少しずつ客がやってきたため、イサヤが接客して注文を聞き、ヤスコが料理を調理、用意して、注文によってはイサヤも手伝う。
客の入りはまずまず。
「紙芝居してるイクゾウさん、腰やったんだって」
「初耳です、大丈夫なんですか?」
「いい歳だからねぇ、まぁイサヤちゃんところの子達が見に来てくれる限りは頑張ってやるさ」
「お世話になってるのであまり無理しないといいんですけど」
「イサヤちゃんが短いスカート履いてお見舞いいけば一発で治るって、あいつスケベだから」
「そりゃアンタがしてほしいだけだろう、このスケベ親父」
「私で良ければ、その」
「イサヤも本気にすんじゃないよ」
大体は常連客で、イサヤやヤスコと軽い世間話をしたりするくらいに仲の良い客が多い。早い時間帯にくるのは大抵が年配で、よく爺さん連中からセクハラまがいのことをされるが、あまりにひどいとヤスコが一喝する。
そして昼時になったころに、一人の客が来店してきた。
短い茶髪で、精悍な顔つきをしている。五分袖のシャツとズボンという楽な服装で、露出している腕はほどよく引き締まっている。
「今日も頑張ってるな」
男はイサヤに気さくに手を挙げて話しかけた。
「いらっしゃい、カズ兄」
イサヤはそんな男に対して親しげに笑みを浮かべる。男の名前はオリベ・カズト。イサヤと同じく孤児院で院長の世話になっていた。成人した今は孤児院から離れて兵舎に住み、町の衛兵として治安を守っている。
カズトは調理台向かいのカウンター席に座り、注文をした。
「今日は非番?」
「ちなみについさっき起きたからこれが朝飯だな」
イサヤは呆れるように、
「もうお昼だよ、だらしないなぁ。どうせ休みだからってお酒飲んでたんでしょ」
「おお、なんでわかった?」
「ちょっとお酒臭いもん」
イサヤは手を鼻の前でぱたぱたと振る。カズトに対しては年相応の態度と言葉遣い、イサヤにとってカズトは一回り歳の離れた兄のようなもので、気兼ねなく話せる相手だった。
すると外から鐘の音が聴こえてきた。町全体に昼を告げる鐘の音、食堂にとってはここからが忙しくなる時間だ。
「それじゃ、また今度ゆっくり話そう」
イサヤはカズトと長々と話しているわけにもいかなくなったので、話を切り上げる。
「今日の夜、そっちに邪魔しに行ってもいいか?」
「ほんと?みんなきっと喜ぶよ」
イサヤはカズトに笑いかけ、来店した客のほうへと歩いて行った。
「はいお待ち」
カズトはカウンター席に座っているため、厨房にいるヤスコが直接カズトに料理が乗ったトレーを手渡す。トレーにはバターパン2つとオムレツ、コンソメスープと野菜と豆のサラダが乗っている。
「ありがとう、ヤスコさん」
カズトはヤスコに対して気さくに言葉を返す。
「どうも。しかしあんたの妹分はほんとにいい子だね。さらに可愛く育ってきてるし、悪い男に目をつけられないか心配だよ」
「俺と院長がしっかり見守ってるから心配ご無用。場合によっては実力行使も辞さない」
カズトの口元は笑っていたが目は本気だった。ヤスコは呆れまじりに首を振って、
「そんなに心配ならいっそ自分が貰ってやったらどうだい?」
「あいつは妹、それ以外の目で見るつもりはないよ」
イサヤは接客に夢中でその会話は耳には入っていなかった。その時もう一人来店してきた。
藍色の長い髪を後ろに束ねた意思の強そうな目つきの若い女性。青のジャケットに首元には黄色のスカーフ、下はこげ茶色のスラックスを履いている。まだ未成熟なイサヤと比べ、服の上からでもわかるメリハリある身体が魅力的な、華のある女性だった。
「こんにちはイサヤ、繁盛してるわね」
女性はイサヤに気さくに話しかける。彼女の名前はアキヅキ・チヒロ。このタカマツリ町の町長の娘で、今は町役場の住人生活部の部長をしている。
「チヒロさん、昼時ですからですからね」
「あら、少し見ないうちにまた大人っぽくなったわね」
チヒロはイサヤの顔つきを見て思ったことを口にした。イサヤはその言葉を嬉しく思うも、自分とチヒロとの戦力差を見て肩を落とした。
「席はどちらになさいますか?」
「窓際……いえ、そこにしようかしら」
チヒロはそう言うとカズトの隣の席に座る。
「所長様がこんなところでのんびりしてていいのか?」
カズトは一瞬気まずそうに表情を硬くしたが、チヒロに目も向けずに平静を装って切り出した。
「休憩時間だし問題ないわ」
こんなところとはなんだと厨房からヤスコの抗議が聞こえ、カズトはごめんと返す。ガズトは気を取り直して、
「最近は?」
「両親はいつも通りよ。仕事では広場でわめいてる男がうるさいって苦情が来たりで、……まぁこれもいつも通りね」
「あの人が入信してるっていう『漂う羽』だっけ?別の町にもいるらしいな」
カズトは両親の部分は避け、広場の男のほうで苦笑いを浮かべる。
「10年前から急に現れ始めて、今じゃけっこうな規模になってるそうよ。町の治安を考えたらあまり無視できないと思うけど、衛兵団はどう考えてるの?」
「下手に押さえつけようとすると暴発しかねないってことで、せいぜい注意止まりさ。ドルドン寺院からは目立った抗議はなし。町に駐在してる聖戦士のシオヤさんも、ただの戯言だって相手にすらしてない」
カズトは話をしながらパンを齧る。しかし苦いものを噛んでいるような表情で、
「俺個人としてはその戯言自体、あまり聞きたくないんだがな」
そう言い捨てた。カズトは元はタカマツリ町の住民ではない。元住んでいた町をムボウの眷属によって追われた身であるため、複雑な心境を抱かざるを得ないのが実情だった。
「ここが平和な町だからなのかしらね。シドリさんの言葉に一理ある、なんて言い出す人もいるわ」
チヒロは町のことを思いながらぼんやりと呟く。ここタカマツリ町にもムボウの眷属達による散発的な襲撃はある。しかしそれはすべて城壁の外で、駐在している聖戦士と兵士によって大した苦も無く撃退できている。そのため町民はケバルやガランバといった存在を目にすることは滅多になかった。
「まぁ話したって仕方ないし、やめようぜ」
「そうね」
「そういやこの前、同僚のヨコヤマが変な髪型してきてな、自分で切ったらしいんだが、それで上官にこっぴどく叱られてさ」
カズトは話題を同僚の面白い失敗に変えた。チヒロはそれを聞いて呆れたような顔をしたり、思わず笑ったりする。そんな様子を遠目に見ていたイサヤは空になった食器を下げるついでにヤスコに声をかける。
「あの二人けっこう良い雰囲気じゃないですか?」
「イサヤもそういうのが気になるようになったかい」
ヤスコに指摘されイサヤは胸を張り、
「私ももう大人ですから。それでどう思います?」
「上手くやれているようだけど、お互いに遠慮してるような感じかねぇ」
ヤスコは長い人生経験で磨かれた観察眼でそう判断した。イサヤはそれに対し意外そうな声で、
「そうなんですか?チヒロさん、カズト兄に気がありそうなのに」
「まぁ色々あるんだろうさ」
ヤスコは達観したような目でカズトとチヒロを見つめる。しかしイサヤは納得いかず、
「お似合いだと思うんだけどなぁ、カズト兄の背中を押してあげようかな」
「やめときな。兄とはいえ大人の男さ、変に首突っこむんじゃないよ」
ヤスコに窘められ、イサヤは残念そうに引き下がる。 しかしどう転ぶかはわからないと考え直した。もしかしたらこれから先、カズトとチヒロの間にある遠慮がなくなって二人が結ばれる日がくるかもしれない。その時がきたらきっと、自分も孤児院のみんなも喜ぶだろう。
そんな幸せの形を思い描き、イサヤは少し心を弾ませた。
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