第3話 今度は駅近の商店街を歩くようです


「さっきのは一体、どうやったんですか?」

 涼しい顔で頭一つ分大きい男子達を軽く倒したお姉に、すっかり興味津々の御使みつかいさん。

 その問いに、お姉は半ば得意気になって言う。

「ふふふん、知りたい?」

「知りたい知りたい」と、身を乗り出すように答える彼女。

「へえ、知りたいんだ。でも、教えてやーんないっ!」

 気色悪い……もとい、あざとさ全開で悪戯っぽく返すお姉。

「えー、舞弦まいづるさんって結構意地悪だね」

「別に良いけど……教えたところで、から」

「何それ、わたしには才能が無いとか言う人?」

「いや、あたしが編み出しただから無理って言ったの」

 小首をかしげる御使さんに、お姉はその瞳を真っ直ぐ見つめてこう言った。

「つまり、得意な能力は人それぞれだから自分に合ったやり方を見つけなさいってこと」

「自分のやり方……ね」

 しばらく歩くと、右手に橋の見える大きな十字路に差し掛かる。

 目の前の信号は赤。横を通り過ぎる自動車たちは、かなりのスピードで行き交っていた。

 お姉の隣に立つ彼女は、どこか物憂げな顔をしていた。

「天使ちゃん、どうかしたの?」

 その様子に、お姉は眉をひそめる。

「あ、いえ何でも……って、天使ちゃんって……私?」

「そ、あなた御使杏寿みつかいあんじゅさんでしょ。『御使い』っていうのは天使の別の言い方だし、アンジュってのもフランス語で天使だからね」

「頭が良いのね。『みつかい』って聞いて真っ先にその字が浮かぶ人、初めて会ったわ。私の名前を一回で覚える人だって滅多にいないのに」

「そうかい」と気さくに返すお姉。

「にしても、天使……か……だったら良いんだけどね……」

「ん?」

「あ、こっちの事。あの、舞弦まいづるさん」

千鳳ちどりで良いよ。苗字だと他人行儀な感じだし、それに妹が三人もいるから」

「そうなんだ。なんか、賑やかそうで良いね。私は……家でずっと独りだから」

「兄弟とかいないの?」

「兄が一人いるけど、いつも知らない女連れ込んでるし、父や母は余り帰って来ないし……」

「えっと、なんか複雑なご家庭なんだね……」

「ええ」と返事すると、彼女は遠くを見るように前を向く。向こう岸に小さな子供を連れた母親が立っていた。

 それを見ながら、御使さんはぽつりとつぶやく。

「はあ、こんな世界にサヨナラして、異世界にでも行きたいな……」

「え?」とそこで、お姉の表情が固まる。

 それはどこか怖くて、まるですぐにでも飛んで行ってしまいそうな顔だった。

 再び歩き出す二人。

「異世界か、あたしもかな」

 そう言って笑うお姉に、御使さんは「優しいね」と応える。

 お姉がそう答えたのは別に彼女に同情してではないのだが。と、そこへ――


 明らかに規定のスピードを超えて走るトラックが脱線し、お姉たちの方へと向かって来た。


「え?」と、振り返る二人。

 一瞬、御使さんが忘我の顔でそれを見て――とても嬉しそうに笑った。

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