問3.2 : 個人プレイで戦局は変えられますか?

「いいか、おまえら! 敵はたかだかDクラスだ。点数差はたいしたことない。恐れずに、突っ込め!」

「「「おぉ!」」」

 織田真理子が鼓舞すると、Fクラス一同は怒号をあげた。

 そして、定時を知らせる鐘が鳴り、クラスメイトは一斉に走り出した。

 試召戦争での勝利条件は単純明快で、相手の大将を討ち取れば勝ち、自分の大将を討ち取られれば負け、というものだ。

 他の戦力がいくら削がれていようが、最後の最後に大将を討ち取れば勝てるというゲームなため、そこに将棋やチェスに似た戦略性が発生する。

 駒の強さと攻防のバランス、それこそが試召戦争の鍵だ。

「全員! 守りを固めろ!」

「「「おぉ! お?」」」

 ゆえに、真理子の言葉にクラスメイトは疑問を感じずにはいられないようだった。

「お、お館様? 攻めるのでは?」

「ちげぇよ。守るんだよ。耳ついてんのか、てめぇは」

 一回でわかれよな、と真理子はため息をついた。

「でも、まりちゃん。攻めないと勝てないよ?」

「いいんだよ。今は凌ぐ時間なんだ。どうせ攻めたって、泥沼になるんだから、ここは守って勝機が訪れるのを待つんだよ」

 そもそも試召戦争に関しては、すべての学生が素人なのだ。試験召喚獣の扱いも、少しばかり練習をしたことがあるが、実戦経験がないのだから、無に等しい。

 とすると、まずは慣れること。

 まだうまく動かせない試験召喚獣を能動的に動かして攻め入るよりも、受動的に応答して守る方がいい。

 まぁ、言ってしまえば相手のミス待ちということなのだが、初戦はこのやり方が正しいと真理子は理解していた。

「えぇー、つまんないよ」

 だが、このバカ彩がごねだすだろうということは、既に予測済みだ。

「よし、彩。おまえを特攻隊長に任命する」

「隊長! やった!」

「秀吉と、あと、その辺の三人! 彩と一緒に特攻しろ」

 真理子が命令すると、秀吉が渋い顔を見せた。

「え? うちも?」

「何だ? 不服か?」

「だって、特攻って大概帰ってこれへん運命ちゃうん?」

「帰ってこなくていい」

「それが嫌なんやんか!」

 ったく、この秀吉は、と織田は舌打ちをしてから、仕方なく説得に出た。

「秀吉、あたしも鬼じゃない。選ばせてやる」

「お、さすがまりっぺ」

「あたしの命令通り特攻して散るか」

「……散ること前提なんやな」

「彩のお弁当を……」

「おっしゃ! 特攻じゃ! Dクラスに目にもの見せたるで!」

「その意気だ」

 彩を先頭に秀吉、以下三名は教室から飛び出ていった。

 やれやれと眉間を一度抑えてから、真理子はタブレットを机の上に放った。そこには、戦場である二階のマップが描かれている。

 そこには赤い点が二つあり、一つはFクラスに、そしてもう一つは2階で最も遠い位置の特別教室にある。

 試召戦争の初期配置は決まっており、必ずどちらかの教室を各クラスが陣取る。今回はFクラスが試召戦争に参加しているため、そのままFクラスがFクラスの教室を使用している。

 赤い点は一つずつで、それぞれクラス代表の位置を表している。この位置は、クラス代表が持つクラス印で把握されており、試召戦争中、クラス代表がクラス印を外すことは禁止されている。

「これで、クラス代表の位置は敵味方に公表されるというわけですね」

「そういうことだ」

 咲の言葉に、真理子は応じた。

「戦闘エリアは、二階と一階の廊下と教室。ただし、AクラスとBクラスの教室は除く。まぁ、いずれかのクラスが参加していた場合、そのかぎりではないが」

「黒く塗りつぶされているエリアが禁止エリアということですか」

「他にもトイレや学外もそうだ。禁止エリアに出ると試験召喚獣は消滅する。さらに十秒以上禁止エリアにいると持ち点が0になって、補習室送りだ」

「なるほど。試召戦争中はお花を摘みにいけなさそうですね」

「いや、教師に許可をとればいける。何だ? おしっこ行きたいのか?」

 咲が無言で笑みを返してきたので、話題を変える。

「この色分けは、その領域での対戦教科を表している。青が現代国語、赤が数学、緑が英語ってなかんじだな」

「私としては、緑は日本史のイメージなのですが」

 知らんがな。

「へぇ、うちの頃は担当教科の先生を呼んで審判をしてもらっていたんだけどなぁ」

 やることがないのか、美波ちゃんは教室をうろうろしていた。

「教師をむりやり連れ回す奴がいたんだろう。今は予めエリアが決められている。ちなみに教科は一定時間ごとにランダムに入れ替わる」

「でもさ、これってちょうど境目のところだったらどうするの? 一人は現代国語のところにいて、一人は数学のところにいたら?」

「その場合は先に召喚した方の教科での勝負になる」

 というか、教師なんだからそのくらい知っとけよ、美波ちゃん。

「私達の周りだけ白いのはどうしてですか?」

「正確にはあたしの周りだけだな。クラス代表の周囲五メートルの教科はクラス代表が決められる。今は全教科に設定してあるから白いんだ」

「真理子は、説明書を読み込むタイプなんですね」

「……あぁ、隅から隅まで読むタイプだが、何か?」

 ゲームだけだけど。

 ルールブックを読んでいないとどこまでの行動が可能かわからない。真理子はたいてい始めにルールブックを読んで、バグを発見し、そこを攻めるというのが流儀であった。

 ただ単純なルールであればあるほど、バグは少ない。この試召戦争は、まぁ、単純な部類だと思う。

 今回のDクラスとの試召戦争は、ルールの確認とゲームの全体像を把握するためのチュートリアルのようなものだ。

「とにかく、そういう細かいルールを把握するために、いろいろ動いてもらっているんだ」

「なるほど、それで彩とノアを前線に送ったわけですね」

「いや、あれはただの厄介払いだ」

 言った矢先にスマホが震えた。

 見れば、SNSに書き込みがあった。

 

 あやや:右腕と左足ならどっちがいい?


「何やってんだ? あいつ?」

 真理子は小さくため息をついて返信した。


 まりぺ:右眼。できるだけ派手に


               ◆◆◆


 吉井彩が教室を出ると、廊下の奥の方にDクラスの連中の姿があった。

 どうやら向こうさんも今、教室を飛び出てきたらしい。足は早い方だから、かけっこならば自分の勝ちだと彩は廊下のタイルを力強く蹴った。

「このアホ! 止まらんかい!」

 後ろから秀吉の声が聞こえてくるが、きっと応援か何かだろう。でも、とまらんかいというのは、何の貝だろう。ん? いや、展覧会の仲間だろうか。

「止まれ!」

「あ、止まれって言ったの?」

 「急に止まるな!」と彩は背中を秀吉に蹴られた。

「止まれって言ったじゃん!」

「ボーリングやないんやから、勝手に突っ込むな! おまえ、ルールわかってんのか?」

「あのピン全部殴り倒せばいいんでしょ」

「試験召喚獣でやけどな!」

 一緒じゃないか、と彩は前を向く。

「いいか。うちらは数が少ない。正面突破は不可能や」

「まりは突っ込めって言ってたよ」

「忘れや」

 彩の腕を引っ張り、秀吉は階段の方へと駆けていった。

「一階から攻めるで! あいつらはあほやから直線で攻めてくるはず。やったら一階はノーマーク」

「おぉ! 秀吉フレバー!」

「クレバーって言いたいんかな?」

 「うち臭ってないよね?」と秀吉は自分の匂いを嗅いでいるが、なぜだろう。ときどき秀吉は意味のわからないことをする。

 階段を降りていくと、たしかに一階はがらんとしていた。一年生はみな帰ってしまっており、どの教室も使い放題だ。

「いいか、あやや。うちらの目的はあくまで陽動や。攻める意思もあるってことを見せればそれでええ」

「うん。陽動ね。でも、何でそんなことするの?」

「攻めて来ないってわかったら、全員で攻めてくるやろ。総力戦はこっちが不利やからな」

「ふーん」

 あんまり意味はわからなかったけれども、とにかく攻撃は最大の防御ということか。

 それにしても誰もいない学校というのは不思議なかんじだ。

「ねぇ、秀吉。黒板に落書きしていこうよ!」

「話聞いてたか!」

「ヘラクレスのへはヘカトンケイルのへー」

「やからヘラクレスを書くな! チョークを置け! てか、ヘカトンケイルって何?」

 秀吉がきゃんきゃんとうるさいので、仕方なしに先に進むことになった。だが、描き始めたヘラクレスがかわいそうだと思い、とりあえず腕か足くらい付けてやろうと彩は真理子に連絡した。


 あやや:右腕と左足ならどっちがいい?


 SNSに投稿して、ふと彩は思った。

「ねぇ、秀吉。ヘラクレスのどれが腕でどれが足なのかな?」

「はよせぇって言ってるやろ!」

 遊び心のわからない秀吉だ。

 一方で、すぐさま真理子から返信がきた。


 まりぺ:右眼。できるだけ派手に


「さすがまりちゃん。わかってるぅ」

 左眼ではなく、右眼ってところにセンスを感じる。

 彩は、デフォルメして描かれたヘラクレスに、大きな右眼を付け足して、ついでに左眼は眼帯にしておいた。

「よし! 行くぞ、秀吉!」

 なぜか秀吉の視線が冷たいけれど気にしない。

 廊下に出ると、先程までと違い彩達だけではなかった。廊下の奥側にDクラスの連中が立っていた。

「うわっ! Dクラスの奴らも一階通路を使ってきたよ! 秀吉!」

「あぁ! あややが落書きしている間にな!」

 秀吉の最高に賢い作戦を見破るとは、向こうにもなかなかの策士がいるのかもしれない。

「よし! こうなったら正面突破だ!」

「結局そうなるんかいな」

 秀吉は賢いが、いろいろ考えすぎなのだ。

 これは戦争。喧嘩して勝つか負けるか、それだけのシンプルな話でいいじゃないかと彩などは思う。

「いくぞ、野郎ども!」

「「「おぉ!」」」

 彩が駆けると秀吉と以下三名の男どもが追随した。

 敵兵は五人。どうやら向こうもこちらと同じ揺動作戦のようだ。

 初めに彩が接敵し、Dクラスの男と彩が同時に叫んだ。

「「召喚!」」

 二人の間に二体のデフォルメされたキャラクター、もとい召喚獣が出現した。

 彩の召喚獣は、野球のユニフォームのような姿をしていた。ピンクの虎柄のユニフォームに、キュッとぴったしのキャップ、左手にはグローブ、右手には白球が握られていた。

 

 勝負内容:日本史

 対戦者:吉井彩(Fクラス)vs 河野啓太(Dクラス)

 121点  vs 183点


「よっしゃ! いけぇ! 私二号!」

 彩が腰に手を当てて声を発すると、ちょうど足下で彩二号が同じ格好をしていた。

 さすが、彩二号。けれども戦うのはおまえだ。

 しばらくして彩二号がその場で振りかぶった。

「死ねぇ!」

 彩の号令に従い、彩二号の手から白球が放たれた。白球は敵の召喚獣の腹に直撃し、そして後ろへと弾き飛ばした。

「おっしゃ! まず一人!」

「「「おぉー」」」

 秀吉と男子三名から感嘆の声が上がる。

「すごいやないか。あやや一人で全員やれるんちゃうか?」

「ふふん。どうだ」

 やっと秀吉も私のすごさがわかったか、と思った矢先、敵の召喚獣がゆらゆらと立ち上がった。


 勝負内容:日本史

 対戦者:吉井彩(Fクラス)vs 河野啓太(Dクラス)

 101点  163点


「あれ? あんまり点数減ってへんのやけど。ていうか、あややの点数も減ってへんか?」

「本当だ。あれぇ?」

 真理子に聞いてみよう。


まりぺ:遠距離攻撃は自分の点数を削って、敵に当たると同じだけ相手の点数を

    減らすっていうクソ実装だから、あんまり使うな


「だってさ」

「……なんて自爆技や! しかもあややの点数では、全部注ぎ込んでも相手を戦闘不能においやれんやんか!」

「でも、私二号の攻撃あれだけだよ」

「……あやや、とりあえず下がろうか」

「あれ! もしかして私補欠!?」

「補欠ちゅーか、戦力外?」

「ぎゃー!」

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