問3.1 : 交渉に必要なのはアメですか? ムチですか?

 放課後、織田と僕、それから藤井はDクラスに乗り込んだ。

 吉井と秀吉は置いてきた。彼女達から不満の声があがったが、織田の判断は正しいと思われる。ただ、なぜ藤井を連れてきたのだろうか。彼女は、おしとやかな性格をしているため、交渉中邪魔にはならないだろうが、失礼ながら、特に必要とも思えないのだが。

「たのもー」

 道場破りじゃないんだから。

 いや、まぁ、似たようなもんか。

「クラス代表はどこ? 話があるんだけど」

 突然、現れたFクラスの女子生徒に、教室内はいささかどよめく。ただ、まぁ、別クラスの生徒が訪れるくらいよくある話なので、すぐに落ち着く。

「俺だけど、何?」

 現れたのは、少し茶髪がかった男子だった。

 相川隼太、テニス部所属。

 放課後に交渉に行くと聞いてきたので、一応、事前に調べておいた。とはいっても学校のデータベースでわかるのは名前と所属部くらいだ。

 彼と交流はないし、事前情報はほぼない。

 おそらく、織田や藤井もないだろう。ということは、交渉は初対面同士のものとなる。

 相川は、いきなり呼ばれて少し面食らっているようだったが、なるべく平静を装おうとしていた。その理由は、男だけにわかる。それはつまり織田が藤井を連れてきた意味だ。

 ちょっとかっこつけたいという気持ちが働いてしまう。

「ちょっと時間いい? 話があるんだけど」

 織田が話をリードする。

 かるい口調で、相手の不信感を拭おうとしたようだが、彼女の本性を知っている僕としては、ただひたすら不気味だ。

「あ、あぁ、まぁいいけど」

 その後、相川は僕の方をちらりと見る。

 男である僕がついて来ているということは、色っぽい話でないことは理解しているだろう。では、どんな話と考えているのか、僕にも想像できないが、少なくとも話くらいは聞いていいと門戸を開いたらしい。

 相川を連れて、勉強室へと向かった。

 最近増設された勉強室という部屋。四人掛けもしくは六人掛けのテーブルとホワイトボードが置かれた部屋がいくつかある。こじんまりとしているが、勉強の教えあいをするのにはちょうどいい。

 雑談もしかりだ。

 既に予約していた六人掛けの部屋に入り、僕らはそれぞれ腰をかけた。

「で、いったい何の用なんだ?」

 相川が口を開くや否や、織田は態度わるく肘をついた。

「試召戦争だ」

 織田の言葉に、相川の顔色が変わった。

「FクラスはDクラスに宣戦布告する」

「なっ! Fクラス?」

 相川は一度にいろんなことを言われて、混乱しているようだが、Fクラスが対戦相手と聞いて、さらに混乱しているようだった。

「Fクラスとの試召戦争を、Dクラスが受けると思うか?」

 相川は当然のことを言った。

「だから、こうやって事前交渉の場を設けているんだ。わかれよ、ぼんくら」

 態度のわるい織田の言葉に、相川はあからさまにイラッとする。

「だとしたら、話すことはないな。Fクラスのおまえらには難しくてわからないかもしれないが、俺達がFクラスと試召戦争をするメリットが何もない」

「だ、か、ら、こうやって事前交渉をしてんだろ」

 織田はにやっと笑って、一枚の紙切れをテーブル上に提示した。

 何だ? と思ったのは、相川だけではない。僕もその書類は初めて見た。そこには、手書きで証書と書かれている。

「何だ? これ?」

「裏証書だよ」

「「裏証書?」」

 相川と僕の声がハモったことで、ちょっと気まずくなる。

「そう、いわゆる『証書』じゃ、Dクラスにメリットがないのはわかってる。だから、こうやって裏証書で、そちらに勝利時のメリットを提示してやろうって言ってんだ」

 相川は裏証書を手にとって、そして目を丸くする。

「正気か?」

「大マジだ」

 いったい何が書いてあったのか、非常に気になる。

 そんな僕の気持ちをくんでか、相川は、懸賞事項を読み上げてくれた。

「其の一、勝利クラスは、敗北クラスの教室設備を交換する権利を得る。其の二、勝利クラスがDクラスである場合、学園祭におけるFクラスの教室の使用権および労働力の行使権を譲渡する」

「なっ!」

 彼女がベットしたのは、学園祭での教室の使用権と労働力、つまり、学園祭での奴隷宣言である。

 高校二年の学園祭を、Dクラスの奴隷として過ごすというのは、あまりに掛け金としては大きく、はっきり言って釣り合わない。

「信じられない」

「だから証書を作った」

 織田は顔色一つ変えずに答えた。

 しかし、相川の不安は拭えない。

「いくら証書があったとしても、この紙ペラに効力なんてないだろ。約束を破られたら、俺達は骨折り損だ」

「あたしは約束を破ったことはねぇ」

「信じられるか」

 たしかに、口だけでは信じられない。明文化されていても、まだ信用には足らない。しかし、それも想定済みとでもいうかのように織田は続ける。

「学園裏サイトに公表する」

「!」

 学園裏サイトとは、非公式の文月学園生徒限定サイトのことだ。運営者は不明だが、文月学園の生徒だと言われている。それはSNSとニュース掲載を主としたサイトであり、先生に見せられないような内容の話がなされる。

 どの先生の授業がつまらないとか、誰々先生はヅラだとか、不適切な内容が多いが、いわゆるガス抜きとしての機能を果たしており、今のところ学園で問題視はされていない。

 そこにこの証書を公表するということは……。

「生徒の大多数が周知となる。あたし達が約束を破れば、とんだ恥さらしとなるわけだ。これは拘束力があるだろ?」

 相川は口に手を当て、

「俺の一存では決められない」

 と意見を飛躍的に開戦側に傾けた。

「そりゃ、そうだ。こいつは持ち帰ってもらってかまわない。クラスで話合ってくれ。ただ期限は明日までだ。明日の放課後、教師を交えて、証書の記入を行う。もしも期限が過ぎたら、この話はなかったものと思ってくれ」

 そう言って交渉は集結した。

「感触はどうだ?」

「まぁまぁかな」

 そう言って織田は笑った。

 翌日、織田の目論見どおりにことは運び、放課後に相川から同意の知らせがあり、開戦の証書が締結された。

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