問2.5 : サノバビッチって何語ですか?

「ふふーん。どうよ」

 昼休み、屋上、織田はにやりと笑みを浮かべた。

 まるで遠足のようにシートを広げて、屋上で五人が座り込んでいる。Fクラスの女性陣と僕だ。

 そう、僕だ。

 昼休みを一緒にどう? と吉井から誘われたわけだが、昼休みくらい一人で過ごしたいと思い丁重に断った。

 断ったのだが、

「ほら、鈴之介、何か感想ないの?」

「いいから、縄解けよ!」

 例のごとく、また連行された。

「あんたが誘いを断るのがわるいんだろ」

「断ってんだから、諦めろ」

「あたしの辞書に諦めるという文字はねぇ」

「その辞書持ってこい、僕が赤字で書き込んでやる」

 吉井に縄を解いてもらって、縛られた腕をさすりながら、「まだ序盤も序盤だろうが」と僕は応じる。

「まだ試召戦争の了解を得ただけだろ。こんなの前提も前提だ」

「ほう。言うじゃん」

 織田は不服そうにしているので、現状の確認と、吉井と秀吉、藤井への説明も兼ねて口を開く。

「いいか。おまえらのAクラス打倒っていうゴールは、はっきり言って実現困難極まりない、妄想妄言に等しいもんだ。で、だ、という前提を踏まえた上で、仮に、そのゴールを果たすための条件があるとして、それは大きく分けて二つ。どうやってAクラスとの試召戦争を開戦するか、そしてどうやって試召戦争に勝利するか、だ」

「何、当たり前のことを偉そうに言ってんだよ」

 織田はすねたように言い捨てる。

「当たり前のことだけど、こうやって一つずつ確認していかないと、おまえらは自分らがどれだけ不可能なことを言っているかわかんないだろ」

 不満の声があがるのを無視して、僕は続ける。

「いいか、二つあって、もっとも困難なのは、一つ目の方、どうやってAクラスとの試召戦争を開戦するか、だ」

「え? どうやって勝つかじゃないの?」

 吉井が首を傾げる。

「ほ、ほう。つまり鈴之介は、勝負さえすれば勝てると思っているわけだな? 何だよ、わかってんじゃねぇか」

 と調子に乗る織田に、「どちらかといえば、だ」と僕は釘を刺す。

「吉井にしてはいい着眼点だ。そのとおり、Aクラスへの勝利の方が一聴して難しいように思えるが、断然、どうやって開戦するかの方が難しい。なぜならば、Aクラスへの勝利は、Fクラスの努力でどうにかなるが、開戦はFクラスの努力でどうにかなる話じゃないからだ」

 まぁ、努力してAクラスに勝つというのもかなり途方もない話であるが、その点はとりあえず後回しにしておく。

 吉井は難しい顔をして、

「つまりどういうこと?」

 とまったく理解できなかった旨を伝えてきた。

「両クラスの合意、が問題やって言ってんのやろ」

 吉井の代わりに、秀吉が理解を示す。

「そのとおりだ。吉井のためにわかりやすく言うと、Fクラスもがんばって勉強すればAクラスに勝てるかもしれない。それは否定しない。しかし、そもそも戦うためには、両クラスの合意がいる。つまり、Fクラスが戦いたいと言うだけでは試召戦争は起こせないんだ。戦うためには、Aクラス代表の了解がいる。これはFクラスがいくらがんばっても、どうにかできる話じゃない」

「なるほど」

 吉井は、わかったように頷いていた。

「まぁ、言わんとすることはわかる」

 織田は、すべてわかっているとでも言わんがごくにやりと笑う。

「わかるっていうんなら、何か策があるんだよな」

 織田は「しゃーねぇな」ともったいつけて、話し始めた。

「とりあえずの構想を教えてやるよ。まぁ、難しい話じゃない。昨日聞いた美波ちゃんの話をそのまま流用する」

 いつの間にか、島田先生は美波ちゃんになっていた。

「流用?」

 島田先生の学生時代に、坂本という生徒がAクラスとの開戦にこぎつけた。当時は下位クラスの宣戦布告を上位クラスは断ることができないというルールがあったので開戦自体は容易であった。その際にいくつかの条件を飲ませるために、ある種の脅迫を行ったのだ。

「Fクラスの要求を受けなければ、事前に勝利したBクラスとDクラスを後にけしかけるぞ、という脅迫だな。当時のBクラス代表は、ドがつく変態だったようで、その代表と関わるのが嫌だったAクラスの生徒が要求を呑んだという話だった」

 あれ? 結局Bクラスの変態が要因なんじゃ?

「何はともあれ、今回は使えないぞ。BクラスやDクラスもやはり開戦できないからな」

「脅迫の仕方はいくらでもある。たとえば、あたしたちがDクラスとBクラスに勝利するが、設備の交換を保留する。そしてAクラスとの交渉時に、もしも開戦しなければDクラスとBクラスの設備を交換する、と迫るんだ」

 なるほど。

 彼女のことを妄想家の大ほら吹きだと思っていたが、意外と悪知恵の方は得意なようだ。

 本来、脅しにすらならない事項だ。なぜなら、設備交換は試召戦争により既に決定している。しかし、既に決定している交換をカードとして使用し、本来ない責任をAクラスに押し付けたのだ。

「DクラスとBクラスには、その交渉内容を流す。そうすれば、DクラスとBクラスは開戦を支持するだろ。あいつらとしては、自分達が不利益を被るのになぜ試召戦争を断るんだ、となる」

 はっきり言って、無責任な言及。

「本来であればAクラスは無視してもいい。だけど、対戦相手がFクラスであれば話が変わってくるってことか」

「その通り。対戦相手はFクラスなんだ。普通に考えればAクラスが負けるはずがない。つまりノーリスク。とすれば、BクラスとDクラスも声高に宣言できる」

 「試召戦争を受けろとな」と織田は口の端を吊り上げる。

 僕は口に手を当てて、少し思案する。

「それでも確証はない。もしも、Aクラスが開戦に応じなかったらどうするんだ?」

「他のクラスにも試召戦争をしかける」

 聞いて、ゾッとする。

 この女、諦めることを知らなさ過ぎる。

「どうよ」

 織田は、ぐいと胸を張る。

「まぁ、実現性は、なくはないな」

「「おぉ」」

 吉田と秀吉が感嘆の声をあげる。

「まだ可能性があるだけだからな!」

 一応、断っておく。

「そもそも、その構想は結局同じ問題にぶちあたるんだよ。他クラスとの試召戦争をどうやって成立させるか、その課題を解決できなけりゃ、夢物語だ」

 「いいか」と僕はスマホを取り出し、スクリーンショットを見せる。

「鈴くん、これ、何?」

 吉井を含め、女性陣がきょとんとするので、僕は仕方なく教える。

「これは試召戦争の証書だ。さっきまで話していた同クラスの了解というのは、この証書に記入するってことだ」

 へぇ、と織田は僕のスマホを奪い取り、内容を確認する。

「どこで手に入れたんだよ、これ」

「学内のネットワークで誰でも見れるよ、それ。ていうか、島田先生が言ってたろ。聞いてなかったのかよ」

「寝てた」

 おい。

「いいか、主な記入事項は、対戦する両クラスのクラス代表のサインとクラス印だ。クラス印は、織田が持っているな?」

「あぁ、これか」

 と織田は首から下げていたモノを取り出した。

 クラス印とはクラス代表に与えられる印鑑のことだ。クラスの決定は、この印鑑により承認される。

「そして、教師一人の承認サインだ」

 ふーん、と織田は頷く。

「勝負内容と懸賞事項は変えられないのか? もしくは追記とか。これじゃ、美波ちゃんみたいな一騎打ちとかできないじゃん」

「そもそも昔はなかったらしいぜ。全部口約束で決めてたらしい」

 それで誰かがもめたんだろうな、と僕は推察する。

「よくわからないが、備考欄に書くことができるんじゃないか。もちろん相手のクラスと教師の承認はいるだろうが」

 再度頷いて、織田はスマホを投げて寄こした。

「あっぶねぇな!」

「ご苦労。これでだいたいイメージ沸いた。やっぱ、鈴之介使えるわ」

「別におまえのためにやったわけじゃねぇけどな」

 むしろ説得するつもりだ。

「だからもう一回言うが、相手クラスのクラス印はどうにもならないだろ。相手側にはメリットがないから、絶対に押さないぞ」

「だ、か、ら、それはやり方次第だ。ちょうどいい、今日の放課後、Dクラスと交渉に行くからついてこい。見せてやるよ。華麗なあたしの交渉術を」

 どこからくるんだ、その自信は。

 まぁ、どちらにしろ無理だとは思うが、いくら追っ払っても彼女達から逃げられないのならば、ことの顛末を見届けてみるのもいいかもしれない。

「よし、それじゃ、僕は……」

「お昼にしよう!」

 吉井の言葉に、彼女達はそれぞれの昼食を取り出した。

「鈴くんも座りなよ」

「いや、僕の弁当は教室に」

「鞄、ここに持ってきてあるよ」

 この女は勝手に。

「そんで、これが鈴くんのお弁当」

「おい、勝手に開けるな」

 たしかに僕の弁当だ。二段重ねの銀色の弁当が、吉井の膝上に置かれている。

「おぉ、おいしそう」

 厚焼き卵に、えのきのベーコン巻き、ごぼうと人参の胡麻和え、マッシュドポテトのサラダ。

「ママに愛されているねぇ、鈴之介」

 織田がにやりとするので、僕はふんと鼻を鳴らした。

「僕が作ったんだよ。うちは両親共に海外に住んでいるからな」

「えぇ! すごーい」

 吉井の感嘆は、そこそこ心地よかった。

「しかも、この卵焼き、おいしい!」

「いや、食ってんじゃねぇよ」

「本当や。このベーコン巻きもええな」

「いや、だから食ってんじゃねぇよ」

「あたし、ポテサラはもっとマヨたっぷりな方が好きなんだけどな」

「いや、だったら食ってんじゃねぇよ」

「この胡麻和え、美味でございます」

「あ、本当か? ありがとう」

「「「……」」」


 びしっ!

 びしっ!

 ばしっ!


「何すんだよ!」

 いきなり藤井を除く三人の女子に叩かれたわけだが、彼女達はぷいとそっぽを向く。

「はぁ、もういいか? 返してくれ、って、米しか残ってねぇじゃねぇか!」

 こいつら、全部食いやがった!

「あ、じゃ、私の分けてあげるよ」

 吉井が口を開いた瞬間に、なぜか空気が凍る。

「彩、おまえ、何持ってきた?」

 珍しく織田が恐れたように尋ねると、吉井は不思議そうに応える。

「え? 今日は時間がなかったから、お弁当じゃないよ。菓子パン」

 なぜか、女子勢ががほっとする。

「吉井も弁当つくるのか?」

「うん、うち、お母さんが最近忙しくてお弁当つくれないから、私がたまに料理するんだよね」

「「「料理?」」」

 あれが? とひそひそと不穏な話をする女子勢を尻目に、僕は吉井から菓子パンを分けてもらう。

「何だ、この菓子パン?」

「サノバビッチ式揚げメロンパン」

 ……メロンパンでよくないか。

「まぁ、いいや。米とメロンパンでどうしろと、と思わなくもないが、一応礼を言っとくよ」

「えへへ」

 あまり感謝したつもりはないのだが、吉井は照れたように、はにかんでいた。

 分けてもらったサノバビッチ式揚げメロンパンは、メロンパンのサクサク生地を揚げることにより助長しており、中のふわふわ生地をすっぽりと包み込んでいた。キャラメリゼされた砂糖の粒は、花のように弾けており、吹き飛んだメロンの風味の代わりに甘い香りを漂わせている。

 つまるところ、メロンパンということを忘れれば、意外とおいしかった。

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