問2.4 : プロパガンダではないですか?
その日、朝っぱらから織田は教壇に立っていた。
「貴様ら、このクラスの設備に満足しているか?」
「「「んなわけねぇ!」」」
Fクラスに怒号が響いた。
「よし」と織田は頷く。
「その声を聞いて安心した。そのとおり、この仕打ちはやりすぎだ。明らかに教育機関のそれを逸脱している。たしかに学力による格差は、この学園の特色ではあるが、それにしてもやり過ぎだ。あたし達の尊厳を踏みにじっている」
「「「そうだ!」」」
「それに比べてAクラスの設備を見たか? あいつらはただ少し勉強ができるというだけで、貴族のような暮らしをしている。そんなことが許されていいのか?」
「「「いいわけねぇだろ!」」」
「そうだ、いいわけない。いいわけないんだ。あたし達は断固としてこんな仕打ちを黙って受け入れたりはしない。幸いにして、この学園には、この不公平を訴え出る方法が整備されている」
織田は一拍置いて、
「試召戦争だ」
と仰々しく述べた。
「「「おぉ!」」」
クラスの士気は上々であった。
「おっしゃ、やったるで!」
「目にものを見せてやる!」
「で、どこに試召戦争をしかけるんだ?」
つぶやかれた言葉に織田はかるく返す。
「Aクラスだ」
「「「うおぉぉぉ、お?」」」
突然、クラスの士気が急転直下する。
「あぁ、実は俺、宗教上の理由で試召戦争できないんだよな」
「俺も実は、全身複雑骨折していて試召戦争はできなんだ。残念ながら」
「俺、Aクラスと試召戦争したら死んじゃう病なんだ」
「「「右に同じ」」」
どうやら勝てないと悟ったらしい。頭がおかしいと思っていたが、そのくらいのことはさすがにわかるようだ。
しかし、織田は、
「貴様らの反応は最もだ」
と意外にも彼らを尊重した。
「文月学園では、クラスの違いはそのまま学力の違いだ。そして試召戦争では、学力の違いは、戦力の違いと言って過言でない。単純に考えれば、最上位に位置するAクラスにFクラスが勝てるわけがない」
そうだよな、と口には出さないがクラスメイトが無言で同意する。
「だが、試召戦争は、力だけで決まるものではない。仮に、試験の点数だけで勝敗がつくのであれば、このゲーム自体、ある意味がない。そうは思わないか?」
たしかに、と小さなざわめきが起こる。
「実際、副担任の島田先生は、FクラスながらAクラスに勝利している」
なんだって! とクラスメイトから声があがる。
クラスメイトの視線を受けて、照れる島田先生を見て、僕は、いたのか、と素朴に思った。
「いいか、つまり前例があるんだ。先生にできて、あたし達にできないなんて道理はない。やり方次第で、勝つ方法はいくらでもあるということだ」
おぉ、と感嘆の声があがる。
しかし、未だに懐疑的な空気が支配していた。
そして、織田はにやりと笑い、
「貴様らは、運がいい」
と胸を張った。
「このクラスには、勝利のために必要なものがすべて揃っている」
「第一に」と織田は指を立てる。
「藤井財閥が長女、藤井咲」
妙な声があがる。
「藤井財閥って、あのでかい会社のことだよな」
「あぁ、とにかくでかい会社だ。何やってんのか知らんが」
「あぁ、でかい、何がとは言わないが」
「そう、でかい」と織田が話を継ぐ。
「とにかくでかい藤井がいる。これこそ勝利への第一歩だ」
「「「おー」」」
意味のわからない歓声があがる。
「第二に、秀吉」
「「「おー」」」
ふっ、とキメ顔をする秀吉に視線が集まる。
「第三に」
「え? スルー? スルーなんか! まりっぺ!」
秀吉の言葉に耳を貸さずに、織田は続ける。
「観察処分者、吉井彩」
「「「……観察処分者?」」」
きょとんとした空気が教室に流れる。
誰も観察処分者という言葉を聞いたことがないらしい。
ただ一人、その言葉を聞いて、ガタッと席を鳴らした者がいた。教室の後ろでこの会議を見守っていた島田先生だ。
「か、観察処分者ですって!?」
島田先生は動揺のあまり、席を立ち、頭を抱える。
「まさか、そんな、観察処分者だなんて。しかも、吉井。まさか、親戚か何かなの? それとも呪い? 呪いなの? 吉井は、すべからく観察処分者になってしまうわけ?」
「せ、先生、落ち着いてください!」
僕がなだめるが、その不安は教室に伝染する。
「おい、先生があれほど動揺する観察処分者って何なんだ?」
「相当やばいに違いない。言われてみれば、ちょっとかっこいいしな」
「左手に何かを宿している系か?」
それは中二病だ。
ざわめくクラスメイトの中で、先生はやっと落ち着いたようで、ゆっくりと席に着いた。
「先生、その、観察処分者ってなんですか?」
僕も初耳なので、先生に尋ねる。
すると島田先生は、少し言いよどんだがおずおずと話し始めた。
「観察処分者って言うのは、その、ある特定の条件を満たした生徒に対して、与えられる、称号? のようなものよ」
「その条件というのは何なんですか?」
僕の問に島田先生は、また逡巡して、そして答えた。
「成績不良、かつ、勉強意欲を著しく欠く者よ。それだけでなく、多くの場合は、例年、稀に見るような問題を起こした生徒が、観察処分者とされるわ」
「「「……、つまり」」」
教室内は一度静まり返り、周囲の者同士が目を合わせた。
「「「前代未聞のバカじゃねぇか!」」」
「ばかじゃないもん!」
吉井は怒りちらしていたが、既に学校から証明書まで頂いているとは、もはや疑いようがない。
というか、その紹介いるか?
「第四に」
と織田は続けた。
「私がクラス代表だということだ!」
「「「おぉ!」」」
そう言い切れるのは、たしかにすごい。
そのふてぶてしいまでの自信に、クラスメイトは湧き上がり、もしかするとという意見に傾いていった。
ここまでくれば、あとは声をあげるだけだ。
「貴様ら! システムデスクがほしいか!」
「「「おぉ!」」」
「大型スクリーンがほしいか!」
「「「おぉ!」」」
「Aクラスの連中をぶっ殺したいか!」
「「「うおぉぉぉぉ!」」」
もはや誰も勝利を疑う者はいない。
なんと与し易いのだろうと僕は心配でしょうがないのだが、まぁ、これがFクラスの所以だろう。
とはいっても、お見事だ。
織田は、試召戦争を行うための条件を難なく一つクリアしたのだ。
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