問2.3 : 僕は必要ですか?
「え? 試召戦争?」
島田先生は、教壇に手をかけて驚いた顔を見せた。
「そっか、試召戦争するんだ。懐かしいな。うちらもやったなぁ」
遠い目をする島田先生に対して、僕は不安しか感じないのだが。
「で、うち、じゃなかった、私に何を聞きたいの?」
「先生には、試召戦争について、知っていることを何でも教えてほしい」
「何でも、って言うけど、私は別に試召戦争を仕切っていたわけじゃないわよ?」
「それでも何が起こったかはある程度わかるだろ」
「うーん。じゃ、二年になってすぐの試召戦争の話をしようか」
「あ、わるい、先生、ちょっと待ってくれ」
織田は一旦、島田先生を制して、スマホを取り出し、電話をかけた。
「おい! こら、秀吉! いつまでぶらついてんだ! さっさと戻ってこい!」
『え? 真理子が出とけって言うたやん』
「いったいいつの話してんだ。もう先生来たんだよ。話は全員で聞くって言っただろ!」
『お、おう、そうか。なんか釈然とせぇへんが。すぐ戻るわ。おーい、彩っぺ、戻るでぇ。マリが帰って来いって』
『えー、ヘラクレスはー』
『ヘラクレスはもう家帰ったって。さっきSNSに投稿してたで』
『ヘラクレス、SNSやってんの!?』
ぶち、と織田は回線を切り、手を頭に当てた。
「あいつらは、必要か?」
「……、一応な。あたし達四人で決めたことだから」
一年のときは同じクラスだと言っていたが、その頃から試召戦争の計画を立てていたということなのだろうか。だとすると、その時点でFクラスにいくことを予想していたことになる。
……勉強しろよ。
僕が視線だけで織田を非難していると、教室のドアが再び開かれた。入ってきたのは、吉井と秀吉、彼女達は織田と一悶着してから、各自適当に席についた。
「よし、じゃ、話を始め」
「いや、だから、拘束を解けよ!」
ちょっと慣れちゃってたじゃん。
「だいたい、島田先生もおかしいと思わないのかよ。生徒が両手両足縛られているってのに!」
「え、あ、ごめん。そういう趣味なのかと思って」
「ちげぇよ!」
「だってFクラスだし」
「……あー」
納得してしまう自分が、なんか悲しい。
僕の拘束が解かれてから、島田先生の話は始まった。Dクラス、Bクラスとの試召戦争、Aクラスとの一騎打ち。特にBクラスの策謀と壁ぶっ壊しの話はなかなかスリリングであった。そしてAクラス代表戦はあまりに滑稽であった。
女子勢四人も四様の聞き方をしていた。吉井は目をキラキラと輝かせ、秀吉は半ばあきれており、藤井は何を考えているのかわからず、織田はにやにやと笑みを零していた。
そして僕は、というと、先のような感想を抱いたわけだが、まぁ、簡潔に、
「嘘つけ」
と一言感想を述べるにとどめた。
「嘘じゃないわよ。あのとき、本当にAクラスをあと一歩のところまで追い詰めたんだから」
「そこじゃねぇよ。勝つために学校の壁をぶっ壊したとか、保健体育だけ五〇〇点オーバーとか、代表戦を小学生レベルの日本史にするとか、しかもそこまで周到に用意して正々堂々と負けるとか、意味不明過ぎるし、バカ過ぎだろ」
「うっ!」
島田先生は、ぐっと言葉に詰まったが、「でも」と続けた。
「本当なんだもん。たしかに、今思えば、ちょっとおバカなところもあったかもしれないけど」
ちょっとどころではない。
僕が呆れている中、織田は、「おもしれぇ」と口にした。
「おもしれぇよ。その坂本って奴。なるほど、なるほどな、一騎撃ちか。それならなんとかなりそうか。承諾のさせ方も参考になるな」
いや、聞く感じだと、あんまり参考にしてほしくないんだが。
そういえば、
「聞いていて思ったんだが、当時とはルールがかなり違うな。今のルールだとそもそもAクラスと試召戦争をすること自体が難しいんじゃないか?」
「え? どういうこと?」
尋ねたの島田先生であった。
いや、おまえは知っていろよ、と思ったが、僕はなるべく顔に出さないように続けた。
「当時のルールでは、下位クラスの宣戦布告を上位クラスは拒否できない。だから、こんなにむちゃな試召戦争を連発できた。けれども、今は、両クラスの合意がなければ試召戦争を行うことができない」
「へぇ、そんなふうにルールが変わってたんだ、知らなかった」
他人事のように言っているが、どう考えても彼らの世代の試召戦争乱発が原因だろう。島田先生の話のような試召戦争が一年中行われていたとすれば、教育者としては本末転倒と考えざるをえない。
「Aクラスとしては、Fクラスの宣戦布告を受けるメリットがまったくないからな」
試召戦争の戦利品は、相手のクラスの設備との交換。既に最上級の設備を得ているAクラスが試召戦争に応じる理由はない。
「実際、昨年もそうだ。Aクラスが試召戦争に参加したのは、学園祭のデモンストレーションだけだったはず」
「そうよね。Aクラスのみんなは、勉強で忙しいもんね」
頬に手を添えた島田先生の言うとおりであり、彼らは試召戦争なんて興味がない。そんな彼らをその気にさせるのは至難の業だ。
「そこはどうとでもするさ」
織田は髪の毛先をいじりながら机の角をじっとみつめていた。
「まぁ、準備は必要だがな。勝負の場にさえひっぱり出せれば、こっちのもんだ」
どっちのもんだよ、と口を挟もうとしたが、織田の顔があまりにも真剣だったので口を噤んだ。
「で、どうするんだ? クラス代表さん」
「そうだな。詳しくは明日、連絡する、が、目標は変わりない。あたし達はAクラスを獲る。方法は、先生のときと同じだな。他のクラスを使って脅す」
「おい、話聞いてなかったのか? 宣戦布告が一方的にできない今のルールだと、その脅しはできないんだ」
「そいつは交渉次第だ。とにもかくにも交渉材料がいる」
「それが他クラスとの試召戦争の勝利か?」
「そうなるな」
はっきり言って、僕の頭の中では、それらのパーツがつながらないのだが、織田の中では整合性がとれているのだろうか。とれているとして、それが勝利のロジックであるかは甚だ疑問であるが。
というか、既に織田は自分の世界に入ってしまっており、こちらの話など効いていない。
そして思う。
僕いらなくないか?
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