問1.1 : この先、どうすればいいですか?
僕らがこの文月学園に入学してから、二度目の春がやってきた。
校舎へと続く坂道の両脇には、また新しい一年の始まりを祝福するかのように桜の華が咲き誇っている。
ただ、今日の僕には、その美しい薄紅色の花吹雪を愛でることができなかった。
今、僕の頭の中にあるのは、春の風物詩ではあるが、桜のことではない。
これから過ごす教室、クラスメイト、つまるところ二年生の新クラスのことだ。
「宍戸、遅刻だぞ」
声をかけられて、僕は顔をあげた。校門前に立っていたのは、スポーツマン然とした角刈りの大男。
「あ、おはようございます。西村先生」
僕は特にテンションをあげるわけでもなく、淡々と返した。彼は学年主任の西村先生だ。生徒指導なども担っており、生徒にはかなり恐れられている。
余談であるが、西村先生は、関取を背負いながらトライアスロンを完走したともっぱらの噂であり、一部では鉄人と呼ばれている。
「おはようございます、じゃないだろ」
「あ、すいません。西村先生、今日も肌が黒いですね」
「何でおまえらは、そんなに俺の肌の色が気になるんだ?」
西村先生の言葉に、僕はハッと我に返り、「すいません」と謝った。あまりに気分が沈んでいて、ただの感想を述べてしまった。
だけど、おまえら、ということは誰かが同じような感想を西村先生に返答したということだが。僕の他にも気が動転するくらい落ち込んでいる奴がいるとは。
「まぁ、落ち込むのもわからんでもないが、もっと元気を出せ。今日から新しい一年が始まるんだぞ」
「いや、そうは言いますけど、先生」
「あぁ、まぁ、そうだな」
僕の表情を見て、西村先生は顔を背けた。
「気持ちはわかるぞ。あぁ、気持ちはわかる」
そう言って、西村先生は箱の中から一枚の封筒を取り出した。文月学園では、こうやって新クラスの通知を行う。近未来的な技術を扱っている学園のくせに、なぜか古典的だった。
宍戸鈴之介と書かれた封筒。
中にはAからFのクラス名が書かれている。文月学園の二年生は、成績の高い方からAクラス、次いでBクラス、と振り分けられていく。成績は、一年のときの学年末の振り分け試験が参考にされる。
まったく受け取りたくはなかったが、目の前で仁王立ちする西村先生を無視するわけにもいかず、仕方なく受け取った。
「宍戸、人生は長い。一度や二度の失敗は誰にでもある」
西村先生は、すっと目を細めて遠くの方を見ていた。
「俺の好きな言葉にこんな言葉がある。シェイクスピアのある有名な作品の中に出てくる一節だがな」
なんとか眼力で中の文字が変わらないかと睨みつけてみたが、意味がないと諦め、僕は封筒を切って中の書類を取り出した。
『宍戸鈴之介……Fクラス』
「嵐の中でも時は経つ」
西村先生の不穏な言葉を契機に、僕の嵐のような最低クラス生活が始まった。
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