第8話

岸さんの部屋には、

女の人の部屋にしては珍しく、魚拓(ぎょたく)が飾られていた。


「釣りが趣味なんです」


そう言って、岸さんはにっこり笑った。



俺は確信した。


岸さんは、キュウドウさんの生まれ変わりに違いなかった。



ひょっとしてと


俺は岸さんに尋ねてみた。



「君って、もしかして、よく事故にあったりしない?」


今日出会ったばかりの女性に失礼なことを聞いてるよなと


思いながらも、聞かずにはいられなかった。



岸さんは、けらけら笑った。


「やだー、永野さん。


どうしてわかるんですか?



そうなんですよ、


運転はうまい方だと思うんですけど、


玉つきとか、出会いがしらとか


事故に巻き込まれることが多くて、


わたし、実は今までに廃車3台、


なんですよ」


この人は、

どうしてこんなに明るく言うのか。


「大丈夫?」


俺は心底、岸さんのことを心配した。


しかし、岸さんはそれをどう受け取ったのか、


にっこり笑った。


「大丈夫です。わたしには、とっておきのお守りがあるんです」


そう言って、カバンの中から、小さな布袋を取り出した。



「永野さんにだけ、特別に見せてあげますね。」


岸さんは俺の名を嬉しそうに口にして、


顔を近づけて

「誰にも内緒ですよ」と囁いた。


それから、岸さんは俺の手を取って、掌にその布袋の中身をのせた。



「小さな頃、家の庭で拾ったんです。」



俺の手の上に鈍く光る、一発の弾丸があった。


ああ、これは、キュウドウさんの頭の中にあったやつだ。


きっと事故の時の衝撃で、岸さんちの庭に飛び出したんだろう。


どうりでどんなに火葬場で探しても、見つからなかったはずだ。


俺は、しげしげと


その弾丸を見つめた。


その間に岸さんは机の上のパソコンを立ち上げて、

ディスクをそこに入れた。


岸さんがマウスを動かすしぐさ。


それは、キュウドウさんが発作のように度々やった、


手を下に向け、何かを握ったような形にして、ふらふらと宙に彷徨わせる


あの仕草にそっくりだった。



「わたしね、この弾丸さえ持ってれば大丈夫なんです。


こないだも、


酔っぱらって転んで、頭を打って救急車で運ばれたんですけど、


ほら! 見てください!」


そう言って、岸さんはパソコンを画面を俺に見せた。




「CTの結果は何も問題ありません」


そこには岸さんの脳の輪切り映像が写っていた。


病院に頼めばCTの画像データをもらえることは


知っていたが、


そんなものを嬉々として、人に見せる女性がいるとは思わなかった。


ああ、やっぱりこの人はキュウドウさんの生まれ変わりだと、

俺は思った。


パソコンの中の、岸さんの脳みその輪切り。


それはなんだか、


どこかにある南の島のように俺には見えた。



「なんだかわたし達って、


今日初めて会ったばかりとは思えないですよねー」


岸さんが、魚拓の額がかかった壁の前で


獲物は逃さないぞというような、


ウキウキとした声で、

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キュウドウさん 真生麻稀哉(シンノウマキヤ) @shinnknow5

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