第3話

「可哀想な気がしちゃってね」


とばあちゃんは言った。


「出そうなんです」


そう言って、しきりとそのコブに手をやるキュウドウさんがほっとけなくて、


結局、ばあちゃんとキュウドウさんは一緒に暮らし始めた。


とはいえ、夫婦になるわけでもなく、夫婦のことをするわけでもなく、


ばあちゃんと赤ん坊だった俺の親父、それにキュウドウさんの三人は、


ただ単純に一緒に暮らしていただけだった。


苗字も、ばあちゃんと、親父は、永野で。


キュウドウさんは、坂田求導さんのままだった。



ばあちゃんは言った。


「キュウドウさんはね、


ヒマがあると


よく、女の人の絵を描いていたの」


それは髪の短い、目の細い、顎が三角形の痩せた女性だったという。



「キュウドウさんはあたしに、『結婚はしていない』って言ってたけど、


弾が頭に当たったせいで、


奥さんのこと、忘れちゃったのかもしれないし、


あの絵の女の人は


戦争に行く前に好きだった女の人かもしれないでしょ。


だから、キュウドウさんとは、夫婦にはならなかったの。」



ばあちゃんて、なんかすごいなと素直に俺は思った。



というよりも、キュウドウさんはとにかく、巻き込まれる人だった。大雨が降った時に、川で起きた鉄砲水に流されたり、


暴れ牛にぶっとばされたり、


電車でスリにあって、「ちょっと、返してくださいよ」と言って、


逆にスリにお腹を匕首(アイクチ)で刺されたりした。



そのどれでも死ななかったのだから、またすごいが、


世の中にはこういう災難を呼ぶ体質の人が、たまにいるらしい。



ばあちゃんは言った。


「こんな風にキュウドウさん、いつも、ほとんど、どっかケガして、包帯巻いているか、


寝たきりじゃない?



夫婦になるのが怖かったのよね。


戦争で死んだあんたの本当のおじいちゃんみたいに、


いきなりあたしの前からいなくなる気がして」

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