第2話幽霊裁判 開廷

人は身に覚えのないことをされたとき、いろんな事を思うだろう。されたことに対して怒り、悲しみ、やり返そうとする人もいるはずだ。


では身に覚えのないまま殺されたらどうすればいいのだろうか?




(何で・・・・・・)


死んでからずっとこうだ。そのことしか考えられない。何で何でとバカみたいに頭の中で繰り返す。

電車に轢かれたあの後、死んだと思ったら勝手に体が浮いて光の中を進み始めた。どうやらあの世に向かっている途中らしい。


(何でだよ・・・・・・)


そんな貴重な体験をしているのにも関わらず、俺の頭は相変わらず「何で」しか考えられない。犯人が誰だとか憎いだとかそんな感情は少しもなかった。


何でーーーーーーーーーーーーー


(何で俺は殺されなくちゃいけなかったんだ・・・・・・)


「さっきから何で何でとうるさい奴だな」


声が聞こえた。瞬間、体が進むのを止める。その出来事に、さすがに俺の頭は考えることを止め、前を見る。

どこにでもいる普通のおっさんが俺と同じように浮いていた。


「よっ、人生お疲れさん」


「・・・・・・あなたは誰ですか?」


「俺か? 俺は死神だ。そこら辺にいる普通の死神だよ」


「死神ってそこら辺にいるんだ・・・・・・」


人(?)と話したところで少し心に余裕ができた俺は死神に名乗った。


「俺は荒川夕人です。死神も元は人間なんですか?」


死神は一瞬固まった後、「あぁ、生きてたよ」と答えた。どこからか紙を取り出し読み始める。


「馬鹿やって死んじまってな。全く、もう少し生きてみたかったよ」


「そうですか・・・・・・」


「えーと・・・・・・なるほど、高校生ねぇ。電車に轢かれたとなると自殺か?」


その瞬間、俺の頭の中で何かがはじけた。


「違う!!!」


俺は反射的にそう叫んでいた。叫んだとき、初めて犯人に対する怒りがこみ上げてきた。次第に憎しみに変わり、殺意に変わる。一度そうなると止まらない。溜め込んで来たモノが一気に流れ出てくる。


「俺は幸せだったんだ・・・・・・。恋人がいて、親友がいて、他にもたくさん友達がいて・・・・・・。なのに、なのになのに! 誰かが! 俺を! 殺して! めちゃくちゃにした! 俺の大切な日常を壊しやがったんだ! ゆ、許さねえ。絶対殺してやる。絶対、殺して、殺す、殺す、殺す殺すコロ」


「ま、待て待て。落ち着けって」


死神は慌ててそう言う。興奮した獣をなだめるように、手を使って落ち着けアピールをする。


「お、お前がそうなったら意味ねぇだろ!? 犯人知りてぇんだろ!? 怒りに支配されっぱなしの頭で考えられるわけないだろうが!」


死神の言葉を聞いて、俺は必死に自分自身をなだめる。

そうだ、落ち着け。俺が殺せる訳ないんだ。死んでるんだから。無駄な殺意に支配されてもなんの意味もない。


「・・・・・・落ち着きました。すみません」


「ふう、びっくらこいたぜ。・・・・・・大体よ、犯人誰だかとか少しは検討つかないのか?」


「検討どころか、顔を見れました。けど・・・・・・」


なぜか思い出せないのだ。表情だけは覚えている。あの死んでいく虫を見るような目。あれははっきりと思い出せるのに。


「ふむ、よほどショックだったのかな・・・・・・。人間、ショックなことが起きたとき脳が勝手に記憶を書き換えたり、一部を塗りつぶしてしまうこともあるからな。賢いんだかずるいんだか」


「そんな・・・・・・」


俺は絶望した。確かに思い出そうとしても、黒いもやみたいのがかかって思い出せない感じなのだ。

こんなのどうすればいいんだ? 他に手掛かりなんて何もないと言うのに。俺はこのまま誰に殺されたか分からないままあの世で暮らすのか?

そんなのは嫌だ。


「てかさ、思い出せないってことはさ」


俺が死に物狂いで解決策を考えているところに、死神の声が割り込む。鬱陶しく思いながら「何です?」と相づちを打つ。



「そいつのこと知ってたってことじゃねぇのか?」




その言葉に俺は固まる。少し遅れて「は?」と反応する。


「それってどういう」


「だから、もやがかかるほどショックだったんだろ? 多分だけど。知らない人に殺されたら確かにショックだろうけど、わざわざおまえの脳も、顔にもやをかける必要ないだろうよ?」


「・・・・・・!!」


「お前が疑問に思ったのは『何で殺されなくちゃいけないんだ』じゃなくて『何でお前に殺されなくちゃいけないんだ』だったんじゃねぇのか?」


「じ、じゃあ俺の知り合いに犯人が・・・・・・?」


「知り合いどころか友達なんじゃねーのか?」


「友達が・・・・・・俺を?」


またまた絶望した。友達に殺される? そんなこと誰も考えもしない。考えたくもない。確かに俺に恨みを持っている人はいるかもしれないが、だからって・・・・・・。


「誰かいないのか? お前に恨みを持っていそうな奴は」


「何人か心当たりはありますけど・・・・・・やっぱり無理ですよ」


そう、結局は全部『予想』止まりなのだ。予想して、推理しても、確認する手段がない。そんな状態で犯人を見つけだすなど、たとえ名探偵でも出来はしない。


「・・・・・・ふむ、今届いた情報だとお前の死はは自殺扱いになるようだな」


「それでも仕方ないです。普通は」


「仕方ないだと?」


突然死神の声の調子が変わる。死神に相応しい暗い調子のものになった。


「そんな簡単にあきらめるのか? 自分だけじゃない。周りの奴も悲しみの種類が違ってくる。仲のよかったやつは、『どうして気づいてやれなかったんだ』と自分を責めることになるんだぞ。俺はそんな・・・・・・」


そこまでいって死神は言葉を詰まらせる。そして仕切り直すように咳払いして、呆気にとられている僕に問いかけた。


「犯人知りてぇんだろ? 仕方ねぇ、協力してやるよ」


「え? でも俺は死んでるしあなたも」


「俺はその気になれば人間に化けることができる。俺がいれば聞き込み調査もできるだろう。お前には当然無理だと思うから幽霊になってもらうが」


状況を飲み込めていない俺を気にせず、死神は続ける。


「お前に一度だけ、犯人を裁く権利を与えよう。正解したら、そいつに自分の好きな刑を実行させることができる。だが失敗したら、お前は存在ごと消えてもらうことになる。つまり」


死神は冷酷な笑みを浮かべた。


「お前の魂を賭けた一度きりの裁判だ。幽霊裁判・・・・・・。悪くないだろ?」


「・・・・・・そんなことが出来るんですか?」


そう返すので精一杯だった。この男があり得ないことを次々と言っているのは分かっている。


だがそれでもーーーーーーーーーーーーー


僕は犯人を知りたい。だから・・・・・・


「あぁ。さっきみたいに助言する事はできないが、調査ならしてやるよ」


「・・・・・・なんでそんなことをしてくれるんですか?」


疑問に感じずにはいられなかった。そう、この死神にはそんな事をする理由が一つもない。


「まぁ・・・・・・気が向いたから?」


そんな簡単に動いていいものなのだろうか? 確かにこの状況をどこか楽しんでいる様子はあったが。



「で? どうするんだ?」


「俺は・・・・・・死にたくなかった。」


俺は先程言ったことを繰り返す。しかし今度怒りに支配されていない。冷静だ。


「どんな理由があろうとも、俺は人を殺さない自信があります。そんなことは許されることじゃない。誰だって知っていることです。それに理由なんていらない。俺は殺されたことももちろん憎いけど、そんなルールも守れなかった犯人が、俺の知り合いにいることが悲しい。それこそ、『何で気づいてやれなかったんだ』と言う気持ちです」


死神は黙って聞いている。俺の決意を、黙って聞いてくれている。


「だからこそ俺は」


今の俺にあるのは、憎しみだけじゃない。

使命感だ。


「犯人を裁きたい。犯人に相応しい罰で裁いてやりたい」


俺は頭を下げた。


「俺に、犯人を裁く権利を下さい」


「・・・・・・長ったらしい決意だな、全く。まぁお前の思い、よく伝わったぜ」


分かった。

死神はそう言って満足そうに頷いた。


「それじゃあ、『幽霊裁判』開廷といきますか」


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