俺と友香は勉強を教え何とか聖来と凛花が夏休み補習を免れた。そして高校生活初めての夏休みがやってきたーーのだが。



「おはよ〜っ!」



 俺たちカニボタ部は運動部同様に夏休みだろうが部活がある、らしい。

 学校の校門前で三人が待っている。勿論三人というのは聖来と凛花と友香だ。


「遅い、行くよ」


 いつもながら不機嫌な友香は夏休みなのに中学時代の制服を着ていた。


「すまんな、ちと家で色々あって……」


「そう。」と友香が言う中、二人は先に歩いていた。


 俺と友香は並んで二人の後ろを歩く。

 学校の前で待ち合わせしているが部室に用は無く俺達が向かう先は……


「僕は楽しみ過ぎて今日眠れなかった。どんな新作があるのかな」


 そう。俺達が向かうのは『萌ゲーム発表会』というギャルゲーやエロゲーの新作発表会だ、と聖来はいう。


「せいらちゃん、おてて繋いでっ……」


 凛花が小さな右手で聖来の左手をギュッと握ると聖来もさり気なく握り返した。

 本当に仲がいいんだなぁ、と思いながら歩く。

 凛花はとても嬉しそうに腕を振って軽くスキップしたり、聖来と手を繋ぎながら駆けたりしていた。


「せいらちゃんが迷子にならないように凛花がんばるっ!」


 いや、凛花の方が迷子になりそうで怖いんだが……とツッコミたくなったが、その前に聖来が言った。


「ありがとう、僕を迷子にさせないように手を繋いでくれてるんだね、優しいね」


 凛花の頭に軽く手をポンッと置いてナデナデした。本当に凛花が幼く見えてしまう。


「えへへ、だって凛花、副部長だもんっ!」


「副部長さんだったね、うんうん、忘れてないよ」


 いや聖来、絶対忘れてたな。と思いながら、ある事に気付いた。友香が隣で歩いていない事に。

 俺は後ろを振り向くと数メートル俺と距離を置きながらゆっくり歩いていた。


「友香どうした、具合悪いのか?」


 俺がそう聞くと前を歩いていた二人が振り向いた。そして、友香はその場で立ち止まる。



「ごめん、帰る。三人で楽しんで」



 綺麗なブロンドヘアを靡かせながら俺達が歩く方角と反対側ーー学校の方へ走っていった。


 すると、聖来が凛花の手を離し追いかける。

 よっぽど『萌ゲーム発表会』に行きたいんだろう。友香を連れ戻そうとしているんだろう。そう思っていると、


「今日は中止、一人でも楽しめてない子が居たら部活じゃないから。」


 そう言い残して走りに行った、のだが。



「ーーあがっ!」


 聖来が顔から転んだ。綺麗で模範的なーー危ない転び方だ。


「せいらちゃん!」と凛花が心配して聖来の方へ走る。


 聖来に走るのはまだ早すぎると思った俺も凛花に続き転けた聖来の方へ向かう。

 友香の後ろ姿が見えなくなっていた事にはまだ気付かない。



「友香は泣いていた、僕には見えた」



 その言葉を聞いて、俺は今までの事を少し振り返る。

 ここ最近友香に対して無感情というか素っ気ない態度を取っていた……かもしれない。

 そして、思い返すと最近カニボタ部で浮いていた友香。居心地が悪いと感じるのも無理はない。



「わかった、せいらちゃん。いでよっ!ダークプリシア・エルネッタン!……ふっ、我は西条凛花ーーもう一つの人格だ。我は友香を捜索する。英二は聖来……ちゃんを治癒せよ。なあに心配は要らない、だって千里眼があるんだもんっ!」



「おいっ!」という俺の言葉を拾わず、凛花は走り去っていった。結構速い、多分一般的な高校男子よりは速いだろう。



 倒れた聖来と俺が残された。

 聖来はメガネ拭きでメガネを拭く、どうやら割れたりヒビが入ったりはしていないようだ。



「ごめん、部長である僕が配慮出来なかった。自分勝手に萌ゲーム発表会に連れていこうとしたから、友香が怒ったんだ」



 相変わらずの無表情を見せる聖来、だけど声は震えていた。友香を失う恐怖なのか、この部が無くなる恐怖なのか、それとも転けて痛んでいるのかは分からない。

 だけど声は震えていた。



 俺は残念な事に友香の事を何も知らない。それ以前に聖来の事も何も知らない。

 だからこの二人ーー三人が何を考えているのか俺には理解出来ない。

 理解出来ないが、今は友香と話がしたいと思った。ただ体調が悪いだけならそれで良い。



「行くぞ、聖来!」


「ごめんね、英二」



 俺は聖来を背中に乗せて保健室に向かった。

 こんな時になんだが、胸の感触が直に伝わってくる。意外と大きいんだなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る