めまい

 私には苦手な世界が在る。否。私には拒絶すべき、光輝を齎す空間が在るのだ。悪魔の所業も天使の微笑みも神の救済も、其処では総てのに堕ちる。示された運命も安価な映画と成り果てる。骰子の目玉も廻るように、私を嘲笑う。残酷なものだ。皆は此処を無限楽園ヨグ=ソトホウトと呼ぶのだが、私だけは無間地獄シュブ=ニグラスと知って在る。無意識集合体アザトホウトの結末も無に融け、幸福めまいだけが私を掴む。ああ。如何か。病魔の如き現実を祓い給え。ああ。如何か。毒物の如き夢幻を屠り給え。私には眩しく。酷く。綺麗なだ――僕には好きな世界が在る。違うね。僕には拒絶不可能な、光輝に満ちた歓びが在る。悪魔の囁きも天使の悪戯も神の審判も、其処では総てのに陥る。示された運命も娯楽的な読書に成り果てる。骰子の目玉も廻るように、僕を楽しませる。素敵なものだ。皆は此処を無間地獄ドリームランドと呼ぶのだが、僕だけは無限楽園遊園地だと知って在る。普遍的無意識喜楽の結末は冗長に、幸福めまいだけが僕を包む。ああ。君。如何か。此処に在り続けて。ああ。君。如何か。甘い蜜を撒き散らして。泡に囲まれた人魚ディープワンズの跳ねる音――嘘偽りだ。


 汚泥に塗れた街の隅。彼等は臭いに侵された。蟾蜍どもは彼等を踏み躙り、爛れる皮膚を唾棄に成す。神は無い。天使は無い。悪魔は無い。楽園も地獄も神域も無い。跳梁するのは奇魅だけだ。人の形を模った、強者インスマウスどもだけだ。彼等は迷い仔。異物の塵。鏖された精神は――めまいを夢見て。何処へと。

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