英雄

 其処には地獄が在った。増殖する魑魅魍魎の輪郭が夢を殺戮し、己を真の現だと主張し始めたのだ。亡者は自身を見失い、怪異の群れに融解する養分と成される。負の面が燃え盛る、病的かつ糞々的な奈落上、脅えた英雄が其処に在った。彼は名――歓びor楽etc――を多量に有した、人間最後の英雄で在ったのだ。されど残念な事柄に。鬼は誇りを放棄した。残った埃を舐りながら生き永らえる。林檎知識も腐り果てた。活気に満ちた英雄は死に、泣く蟲の血肉のみ。魑魅魍魎は撫喜視に嗤い、臆病者を罵り戯れる。秩序は恐怖に麻縄で括られたぞ。無間地獄シュブ=ニグラスよ。可哀想な英雄に救済の胎内を晒すのだ。されど地獄は回答せず。回転する夜鬼を育むだけ――英雄は悟る。ああ……要らなかった。英雄は何処にもなかった。


 誰かの犬に成って終おう。

 無理だ。何せ。角度が恐ろしい。

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