黄金色の誘い

 琥珀の泉が舐られた。私は茶色の甘味を齧り、豊かな香りを愉しんだ。卓上の透明が雫で映え、輝く世界を演出する。総ての癒しが空間に集い、私の心身を抱く。何者も――如何なる物も――依存の沼からは逃れられず、温かな快楽に融解する。誰が狂った廃人か。人類とは少なからず『一』以上の縋るべき理を成す種なのだ。金銭を払えば文句は吐けまい。代償を払えば嘲笑も受けよう。ああ。嗤うのは好い。私が私を忘れて果てる。否。嘔気に陥る。堪えた最後は記憶の障害。魅力的な色彩が、私の脳髄を侵蝕した。宝の光だ。愉快な道化師無貌だ。滑稽な詐欺師渦貌だ。其処のマスターよ。新たなる毒を盛り給え――驚々! 何だ。私の双眸を眩ませた、黄金の蠢きは何だ。秘蔵の毒か。好いぞ。私の貯金も叩いて寄越せ。全量だ。瓶の中身を干して魅せ……素晴らしい。口内を冒す強烈な香り。舌が悦ぶ蜂蜜の所業。喉を刺激する熱。臓腑が煮え滾る! 幾等でも下せそうだ。ああ。マスターよ。無金銭で渡すのか。有難い。家でも外でも蝶々の如く――暗い。蝋燭が必要だ。ええと。確か此処に……点いた。書を捲りながら宴の再開だ。永い時が欲しいな。捲る書物は分厚く、酒に良好なものが最善。題は『 』だったか。取り敢えず。湿った表面を触り、頁を開く……可笑しい。空だ。瓶の中身が無い。畜生。糞主マスターが。奴が空の瓶を渡したな。良い度胸だ。否。阿呆の悪戯か。幻覚だ。私の身体が黄金色に輝いて。揺れる。揺れる。眩暈が酷い。脳髄が掻き混ぜられ。足りない。観よ。天蓋が抜けた。赤い奥。濁った白の壁……笛の音が耳朶を破き……融ける。撹拌された。私は天外に墜ちる!


 ハスターの喉が嗤った。

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