白の貪り

 砂漠。名前も忘却され、頽廃を極めた都市への道程。死が支配権を掲げる、人類への警鐘。私の耳朶を震わせたのは奇怪な物語で在る。世に跋扈した『狂気』の根源。即ち、死霊秘法の存在と解く。説くべきは旧支配者の復活……否。砂に支配された土地での生存方法だと思考すべき。我等人類よりも永く。滅んだ文明の智慧を読み解き、大いなる全を掴む事だ。全とは人類視点での全と想え。逸脱とは時に最悪への身投げと成る。某詩人曰く、人類が全へと至る為には絶望と餓えが必要らしい。絶望――死に限りなく近い状態――こそが我等を、真の怪物から逃すのだ。食屍鬼他。多数の怪物は消極的だが、積極的な存在も数々に。故、水分以外は極力避ける。ああ。されど。良質な食物など皆無なのだ。必然的に餓えは訪れる。私は自身の衣を――襤褸布一枚だが――脱ぎ棄て、骨の浮かんだ胸部を撫でた。撫でる腕も皮のみで、窮極的な状況に歓喜する。腹が減った! 喉が枯れた! 何の音も漏れず、蟲の囁きが脳を侵すだけだ。行進する多足が無数。私の眼前を横断し、斑の如き巣へ這入る。蜘蛛だ。蟲とは違う種だと理解は可能だが、現時点での私には如何でも好い。好いのだ。腹が叫ぶ。久しい肉の香りだ。滴る汁の誘いだ。世界は弱肉強食で在り、死と死の貪り遇いと解け。私は爛れた皮で蜘蛛を包み、毒素の一滴までも啜り尽くす。一匹。足りぬ。二匹。足りぬ。三匹。足りぬ。四――急襲するのは強烈な眩暈。毒の所業だ。胃液が荒れ狂う。されど物足りぬ。酸も朦朧も呑み屠り、私は蜘蛛の群れを舐った。今更だが死霊秘法の某頁に『三匹』で留めよと――知るか。私は酷く空腹なのだ。狂人の沙汰など視野外に除くべきだ。覗くべきは餌への執着心で在る。私は貪る。白色の毒を貪り続ける。解ける。美味――だ。

 歪み。吐き。呑んだ。

 私は何処に融解したのか。

 頽廃した都市なのか。

 カダスなのか。ユゴスなのか。

 沸騰する混沌の核なのか。

 否! 臓腑が糸を吐く!


 其処では。砂だけが嗤う。

 人の容を倣った、蜘蛛の輪郭

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