第2話

「異世界、か」


 私は一人、正確に言えばもう一度眠りについたケインと二人、部屋にいた。


「コイツ、頭沸いてんのかなぁ。イケメンだけど、結構痛い奴だな」


 私はケインを見ながら言った。

 観察すればするほど、ケインはイケメンだ。

 すっと通った鼻梁に、やわらかそうな唇。新雪の如き肌に、それを縁取るサラサラストレートな金の髪。先ほどで開いていたタレ目は、吸い込まれるような青空色をしていた。細っそりしているのに、しなやかな筋肉もついている。手袋を外してみると、手にはタコができている。もしかして、剣で出来たタコなのかも。西洋風の刀剣だけど帯刀してるし。ここはあえて帯刀していることはスルーだ。帯刀が許されている国なんて知らないよ。それに、 声も、涼しげな爽やかボイス。そう、女の子が好きそうな優男の完成形みたい。だけど、だけども。


「タイプじゃねぇな」


 全く、タイプじゃない!

 男なら、少しマッチョな方がいい。肌もいい感じに焼けてて欲しいし、何より私の好みは黒髪で猫目な人だ! 髪がチョット癖っ毛だとなお良し! ついでに、声は低めで重みがあって欲しい。そう、一言一言を慎重に話すような人。

 この理想の人は実は身近にいたりする。

 親父だ。ファザコンではないけれど、親父が私のタイプにドンピシャだ。男の趣味はお袋に似たのかもしれない。因みに、全体的に私は親父似だ。くせっ毛だし猫目だ。


「コイツが誘拐犯である可能性も消しきれねぇし、やっぱ此処は行動あるのみか」


 私はそう呟き、部屋を出ようとした。

 にしても、女の子攫うんならもっと可愛い子にしろよな。いや、この場合は自力でどうにかできる能力のある私が誘拐されたことを、喜んだ方がいいのか? 私が誘拐されたお陰で、誰か一人、かわい子ちゃんを守れていたのだとすれば、まぁ、喜んでやらんこともない。

 そんなことをとつとつと考えながら、無駄に豪華な白い木の扉に手をかけた。その瞬間、バヂッと静電気をさらに酷くしたような音と衝撃。私は、一歩二歩とよろめいた。


「何これ!? 部屋から出れないようにってこと!?」


 チッ、コイツめんどくさい事しやがった。

 私はケインを睨んだ。でも、寝ているソイツは微動だにしない。

 さてさて、どうするか。

 諦める? 否。ここは行動あるのみ。親父がいつも言ってる『とりあえずもがき続ける』を実践しようじゃないの。それで案外人生なんとかなるしね。

 私はドアノブではなく、扉の方に手を当てた。

 うん、全然普通。激しい静電気的なのも来ない。もしかして、これ、ドアノブにだけ激しい静電気がきてるのかも。

 私はケインが座っていた椅子を手に取った。よし、これならいけるかな?


「いっせーのーせ!!」


 ゴガンッ! ゴガンッ!

 私は思いっきり扉に椅子を叩きつける。段々扉が歪んできた。

 やっぱり、ドアノブ以外は普通の扉だ。

 ドガッ!!

 激しい音とともに扉は破られた。

 さすが親父。信じてよかった。人間、やりゃあ出来るもんだな。

 扉は破られたとは言え、破片が凄く尖ってる。刺さると激痛が走るであろうことは容易に想像できる。

 私はベッドのシーツを腕に巻き、破片の激しい扉を殴り、更に破壊する。破壊すること数分、いい感じに人が通れそうな穴ができた。


「だっしゅーつ!」


 晴れて私は部屋から脱出しました!

 イェーイ。

 脱出したはいいものの、ここはどこだろう。うん、一つだけ言えるここは日本じゃないね!

 ふわふわなレッドカーペットが敷かれた長い廊下。それに連なるドアの数。窓もたくさん。西洋のお城って感じがする。このことから、ものすごいお金持ちであることが伺える。


「はてさて、ここまで大規模な誘拐したところでウチにできることなんてないと思うんだけど」


 私は呟いた。声に出すとさらに違和感が増す。

 だって、私の家は特別お金持ちでもないし、何か国の存続に関わっちゃうようなことをしているわけでもない。そんな絵に描いたような一般ピープル攫って行ったいどうするつもりなんだ?


「あわわわ」

「ん?」


 声がした方を振り向くと薄い金色の髪をした少女が私を指差していた。第一城人発見ってか? でも、気配を感じられなかったな。うぅ、要修行だな。


「なぁ、話が聞きたいんだけど」


 私はその少女に話しかけた。うん、メイド服を着ているところは速攻スルーだ。なんだ、ここではコスプレ大会でもしてるの?


「な、あ、ど、わぁぁ!」

「え」


 私に話しかけられたメイドちゃんは何か意味不明なことを叫びながら逃げた。酷い。私何にもしてないよね。え、結構ショックなんだけど。どうして?

 と、大人数の足音が聞こえてきた。待って、もしかしてなんだけどさ。


「姫が逃亡されました!」


 うおぉぉぉぉ!! という、気合を入れた野太い掛け声とともにかなりの人数の人が走って来た。先頭にいるのはあのメイドちゃんだ。

 なんで!? 私はただ聞きたいことがあるだけだったのに!? なんでこんな展開になってるの?

 こうなったら、取るべき行動はたった一つ!

 三十六計逃げるに如かず!

 私は追ってくる人たちに背を向けて走り出した。走り出そうとした。すると


「へぶっ」


 自分でもびっくりするくらいキレイにずっこけた。何で!? 私は自分の足元を見た。そして、驚愕した。草が私の足に絡みついていたからだ。

 思い出して欲しい。ここは建物の中。つまり、本来なら草なんて生える環境なんかじゃない。よく見れば、この草震えてるし。

 私が驚きから抜け出せない内に、追って来ていた人たちが私を取り囲んだ。

 メイドちゃんが本当に申し訳なさそうに私に言った。


「すみません、手荒なまねをしまして……」

「姫、お怪我はありませんか」

「いえ、大丈夫です……」


 私の体に傷がないことを確認すると、メイドちゃんを筆頭として女性の皆様が私を立たせて連行する。抵抗なんてしなかった。というか、できなかった。突然のことに頭と体がついていけていないからだ。

 さっきのは、一体何なんだ。

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ヒロインを交代させろ!! 武蔵-弁慶 @musashibo-benkei

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