エキュルイユ
落ち着く頃を見計らい、吟遊詩人は少女を降ろした。
「さて、ここで一休みする」
ぱっと動こうとする少女を吟遊詩人は止めた。
「今日はこれを食べなさい。あれだけ泣いて疲れているはずだ。飯の用意は明日でいい」
「……ありがとうございます」
もくもくと食べる少女はエキュルイユを彷彿とさせた。茶も飲み、人心地ついた少女が恥ずかしそうにしていた。
「分かってはいるんです。父ちゃ……いえ、父があなたの頼まざるを得なかったのは」
「仕方あるまい。君は幼すぎる。それであれだけ啖呵を切ったり、まして今回のことにあっさり納得する方が、驚きだ」
納得する時間が必要なだけだ。それを与えずに連れてきたのだ。見る人が見れば、人攫いだろう。
「少し休むといい」
そう言って、吟遊詩人はリュートに手をやった。
歌うは子守唄だ。
すぐに瞼を閉じた少女を、吟遊詩人は静かに見下ろしていた。
「! すみません!!」
「いや、気にしていない。休めたか?」
少女が起きたのは、太陽が空高くあがる頃だった。
暑くないよう、寒くないよう、吟遊詩人は音で少女を守っていた。
「私は元々あまり眠らない。さて、食事にしようか」
「は、はい! 今すぐ作ります!」
そんな少女に、吟遊詩人は食べられる草を教えていく。
「それは毒だな。二日ほど腹痛で何もできなくなりたいのだったら、使うといい」
「エンリョシマス」
宿屋に来る客人を相手にするためか、少女はある程度の文字を覚えていた。
森の浅いところに、一頭の魔獣がいた。
「あれは食べられる」
そう言うと、音を奏でた。
魔獣はいきなり狂いだし、勝手に息絶えた。
「さて、解体は私がする。あとの調理は大丈夫かな?」
「はいっ。あれは村でも食べていたので」
「そうか」
言った後にしょんぼりする少女の頭を軽く撫で、吟遊詩人は解体していく。血抜きをして、一部の肉以外は乾燥させる。
「……すごい。音楽でここまで出来るんだ……」
「さて、私は他の吟遊詩人を知らないから何とも言えないが。魔力を音に乗せているだけだ。魔術師が言霊に乗せるのと同じ要領だ」
「なるほど。今日のお肉は、焼いちゃいますね。その方が美味しいですし」
どこの部位をどう調理すればいいのか、少女はきちんと知っていた。それを手際よく進めていく。
吟遊詩人一人の旅だったら、まず肉はすべて乾燥させて終わりだ。それをお湯でふやかしたり、焼いたりして食べている。野草は、街近くで採取して売るだけの品だった。
「宿の食事作りでも手伝っていたか」
「はいっ。雇えないし、でも時々忙しいし。父ちゃんも狩りに行くときあったし」
「……そうか」
ここで母親が出てこないということは、どんな理由があるにせよ側にいないということだ。
「野宿で、まともな食事は初めてだ。今度小麦でも買うか」
その言葉に、ぱぁっと少女の顔が明るくなった。
「小麦! ご馳走だ!!」
「それは何より。では、片づけたら動くぞ、エキュル」
「エキュルって、あたしのことですか?」
「それ以外に誰がいる? お前はエキュルイユによく似ている」
「ちょっ!
食って掛かる少女、フィアを宥めつつ、出立の用意を始めた。
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