欲望の果て3


 人が寝静まる頃、かちゃりという音と共に、吟遊詩人の宿泊する部屋の扉が開いた。


 一応本人は音をたてていないつもりなのだろうが、野宿する機会の多い吟遊詩人からし

てみれば、丸わかりである。

 侵入者が己の近くに来る前に、枕の下へ手を忍ばせる。目的のものはあった。


 しゅるりと衣の擦れる音がした。

 一歩ずつ吟遊詩人へと近づく。

「ひっ!」

 吟遊詩人の上に乗ろうとしていたのは、裸の女だった。

「何のつもりだ」

「私はただっ! 吟遊詩人様を慰めようと」

「要らないと言っただろう」

 先ほども来た豊満な身体つきの女だった。

「お前のような色欲にはこれで・・・十分だな」

 声色もがらりと変わった吟遊詩人が、何かを虚空から掴んだ。


 そこにあったのは、女にとって見覚えのないものだった。


「ゆっくり相手してもらえ」

「ひっ」

 ずるり、女に一歩ずつ近づく。そして、それは女に絡みついた。

「安心しろ。死にはしない。ただ、永遠とわの快楽に誘うだけだ」


 吟遊詩人が呼んだのは、女性に快楽をもたらす触手の中でも上位のもので、女が枯れ果てるまで離れぬものだった。

 ぐちゅり、女の秘部へと一気に侵入していく。

「ひぃぃ……あぁぁぁ」

 恐怖はすぐに快楽へと変わり、女を地獄へと落とした。


 女の悲鳴のような喘ぎ声を聞きつつ、吟遊詩人はベルを鳴らした。


 来たのは、宿屋の親父ではなく、村長だった。

「お前か? このくだらぬ遊びの主犯は。服を寄越せ。

 ……聞こえなかったか? の服を寄越せと言ったのだが」

 ガタガタ震えるだけで、動こうとしない村長に嫌気がさした。直接・・宿屋の親父へ声をかけた。


 親父の顔は腫れており、何があったのかを物語っていた。

は大事ない。あなたの方が酷そうだな」

「いえ……客人の部屋の鍵も守れねぇ宿屋の親父なんざ、気にしねぇでください」

「そうもいかない。さて、服を持ってきてくれた礼だ。この傷薬を……」

「要りやせん。それは俺の娘にやってくだせぇ」

「?」

 娘がいたのか。一度も顔を出さなかったが。


 階下に行けば、そこも地獄だった。

 少女の服は破かれており、それを囲む男たちは欲望に満ちていた。

「……なるほど。要らぬと言ったのは、娘の安全のために鍵を渡したからか」

 吟遊詩人は呟く。怯えつつも気丈にした少女は、男たちを睨んでた。

「けっ。親父の前で俺らが美味しくいただいてやるよ」

「まったくだ」

「光栄に思え」

 馬鹿げたことを口々に言う男たちに、吟遊詩人の記憶がよみがえる。

――あなたの命と引き換えなら――

――なりません! あなたはこちらに来ないで!!――

 考えるよりも先に、吟遊詩人の身体が動いていた。


 たたたん! 次々に男たちを沈めていく。

「安心しろ。殺してはいない。朝になれば起きる」

「あ……ありがとうございます」

 怖かったのだろう。父親の顔を見るなり泣き出した。

「宿代だ。この薬を受け取れ」

「いただくわけには!」

「このあと、こやつらの対応があるだろう。私はここを出る」

 今後、宿屋の親父たちは村八分になるはずだ。

「……だったら、娘を連れて行ってくれませんか? 村の慰み者にはしたくない」

「お父ちゃん!」

 押し問答が続く二人を眺めつつ、吟遊詩人は一人思案していた。

「よかろう。娘、ついてくるがいい。ただし、旅は過酷だ。……とある町に着いたら、そこに保護を求めよう。それまでは野宿の際、飯の用意を頼む」

「!!」

「久しぶりなのだよ。そこまで性根が清らかな者は。……最近は欲にまみれている。その代償だ。

 早く用意しなさい」

「は、はいっ」

 親父がすぐさま動き、少女の服やら必要なものを用意し始めた。


「……これは、お前の母ちゃんの形見だ。持っていきなさい」

「父ちゃん!」

「俺にはこの店がある。

 ……娘をよろしくお願いします」

 どこまでも娘を案じる親父に、吟遊詩人は頷いた。

「よかろう」

 動かぬ娘を抱きかかえ、吟遊詩人は宿屋を後にした。


「追手が来ぬように急ぐ。……好きなだけ泣きなさい」

「うぁぁぁぁ!!」

 泣きじゃくる少女を宥めつつも、吟遊詩人の足は止まることがなかった。

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