第6話 小麦粉ヤクザ、まず信じる


 クーエーンは強靭な体を持っている。

 身長は百九十と少し、体型は細いが筋肉の付き方が強く靱やかで一種の芸術である。ミケランジェロが作ったダビデ像を想像するかもしれない。

 髪と眉はなく禿げている、しかしキリッと絞られた目付きは獲物を狙う肉食動物のように鋭い。

 

「ウンサキ ニンガ マサン」

 

「なんて言ってるんだ?」

 

「このマサンはなんや、やって」

 

 マサンとはゲシュ・ナルケトが乗っていた蜘蛛のような馬、同じ乗り物であるトラックをそう表現したらしい。

 

「適当に答えておいてくれ」

 

「ん。マーヨンガ マサン」

 

「チキュウ サ マサン カヒブ ロンガン」

 

(こう、異世界言語が飛び交っていると妙なアウェー感があるな)

 

 実際優はイシュトヴルムではアウェーだから仕方ない。

 だがそれはクーエーンも同じである。リーヤとクーエーンは気付いていないが、優はずっとクーエーンをいつでも射殺できるように服の下に片手をいれて拳銃を構えていた。

 リーヤが騒ぐから仕方なく連れてきただけで、優本人はすぐにでも射殺したかった。


 しばらく奇妙な空気のまま荒野を突き進む、状況が変わったのは三時間後の事だった。

 再びゲシュ・ナルケトの集団が襲来したのである。


 

「ちっ、またか!」

 

「マオカナ アング タヲサ メハトル」

 

「なんだって?」

 

「あれはメハトルの奴らやって言っとる。さっきの集団とは別らしいで」

 

「盗賊だらけかよ! この世界は!」

 

 無意味とわかっていても悪態をつく、ここまで無法地帯とは思わなかった、これで本当に通商条約が結べるのかと真剣に考えた。

 

 メハトルのゲシュ・ナルケト(以下メハトルと呼称)はさっき襲ってきたゲシュ・ナルケトと同じくマサンに跨っていた。

 武器は槍のような長物を装備したのが十人程。さっきの集団は近接武器だけだったのでそこまで攻撃は受けなかった。だが今回のメハトルは違う、集団の一部(およそ八人)がベルトのようなものを振り回していた、その先端には石がある。

 

「投石だあ!? なんつう原始的な!」

 

 瞬間サイドミラーが吹き飛んだ。考えるまでもなく投石によるものだ。

 

「イシュトヴルムは木とか全然あらんからな、弓矢は無くてこういう投石の技術が発展してん。威力と射程だけならライフル並やで」

 

「マジかよ」

 

 メハトルとの距離はおよそ百メートル、ライフル並というのなら充分射程距離だ。

 優は反撃に出ようとするが、道がそれを許さなかった。

 

 地面は岩場で油断するとすぐにハンドルを持っていかれる、更にこの辺りは岩が所々隆起しておりその間を縫うように走行して回避しなければならない。

 

「クソ! こうなりゃリーヤの魔法イネスが頼りだ」

 

「いやウチもコレきついで! 岩がすぐ側にあるから窓から乗り出せんし揺れすぎて狙いもつけられん!」

 

 これは非常に不味い、岩を避けるために大幅に迂回したり曲がったりで速度が出せない。更にこちらから攻撃できないときた。

 対する向こうは最小限の動きで岩をくぐり抜けてジワジワと距離を詰めてくる。あと五分もしないうちに接触する。

 ついでに向こうは攻撃し放題だ。

 

 案の定、五分足らずで槍持ちのメハトルが運転席横を並走して、槍を優目掛けて突き出した。予め開けておいた窓から突き入れてくる槍を左手で受け止め、引き寄せて相手のバランスを奪う、同時に右手に持った拳銃を窓から突き出してメハトルの心臓を撃った。


「マグツツドュル、マヒモ コング イパキタ キニ カニモ」

 

「クーエーンがワイに任せろやって」


 優は逡巡する。信じるべきか否か、しかし考える余裕はない。

 

「わかった、やってみろ」

 

「サ パグツゴット」

 

「ハグパビリ!」

 

 そう言ってクーエーンは飛び出した。リーヤに先程の会話の意味を尋ねると。

 

「ウチが許可すんでって言ったら、感謝するつって飛び出しおった」

 

「ふ〜ん」

 

 そこだけ聞くと忠義に厚いように聴こえるが、未だ信じるに足らないゆえ優はいつ敵対されても大丈夫なように構えておく事にした。

 

「大丈夫やて、ウチが保証する」

 

 その自信は何処からくるのか、いや何故そうも人を信じられるのか優には理解出来なかった。










 

 窓から飛び出したクーエーンは身軽に上へとよじ登る。ヒュンッと風切り音が顔のすぐ横で鳴り、遅れて頬から血が流れる。

 そのような些事は気にもとめず、ボディの上を四足で歩き、すぐそこまで来ていた槍装備のメハトルに飛び掛った。

 

「ガッ!」

 

 クーエーンの飛び蹴りを諸に浴びて奇妙な奇声を上げながらそのメハトルはマサンから落とされる。代わりにクーエーンがそのマサンの乗り手となった。

 クーエーンは巧みに岩を回避しながら大きく旋回して追いすがる他のメハトルと向き合う。

 近くのメハトルが槍を横薙ぎに振り回す。クーエーンはそれを難なく掴んで、メハトルごと持ち上げて他のメハトルに向けて投げてぶつける。

 持ち上げられて投げられた方は地面を転がり、後ろからやってきたマサンに頭を踏み潰されて絶命した。

 ぶつけられた方は一度体勢を崩したがすぐに立て直した。だがその隙をついてクーエーンがメハトルを奪った槍で刺し貫く。

 横に払って投げ捨てるように槍を引き抜いたクーエーンは次の獲物を求めてマサンを走らせる。

 ここまで二十秒も掛かっていない。

 

 勢いづいたクーエーンはそのまま槍持ちのメハトルを殲滅し、更には投石部隊までも殺し尽くした。

 

 投石器を奪い取り、優の待つトラックまで走る。

 運転席側で並走しながら興奮した口振りで語る。

 

「マグツツドュル! ギブハット コ キニ! ギブハット コ キニ!」

 

「やりましたつってる」

 

「あぁ、なんだその……お疲れ様」

 

 流石の優もクーエーンの働きには息を呑むしか無く、自然と警戒心は取れていた。

 とりあえず、ペットボトルの水をキャップを開けて差し出した。

 

 クーエーンは訝しい目でそれを受け取るとその場で軽く振る、水がドバっと出てきたのを見て驚いた顔を見せる。

 

「ツビグ! ツビグ! ディリ ナコ マダワト アング ビリホング ムガ ブタング!」

 

「水! 水! こんな貴重な物受け取れませんやって

 イシュトヴルム、特にこの辺りは水が貴重品やしな、この反応は当然やで」

 

「そうか、まあ全部飲んでも構わねえし……ああ、全部やるから好きにしろつっとけ」

 

「はいな、イハタグ キニ タナン」

 

「ディオス!」


「神様! やって」

 

「それは全力で否定しておいてくれ」

 

 一行は荒野を走る。二度の襲撃を退けたゆえか妙な自信が湧いてくる。

 しかしその自信も長くは続かない。

 

 次の襲撃は僅か三十分後、それもゲシュ・ナルケトではない。異世界特有の存在である、モンスターだ。 

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