第5話 小麦粉ヤクザ、すごく怒る


 戦闘が終わり、リーヤがトラックを岩場の日陰に止めるのを待ってから優はゲシュ・ナルケトを担いで地面に降り立つ。ゲシュ・ナルケトを地面に降ろし、サイドブレーキを引いてエンジンも止める。

 その後気を失っているゲシュ・ナルケトの腕を縛って動けなくする。とどめを刺す事も考えたが、流石にリーヤの前でそれははばかられた。

 

「さて……と、いきなり熱烈な歓迎で嬉しすぎるぜ。ここじゃこれが普通なのか?」

 

「首都近辺ではこんなんありえんけど、辺境のここなら何があってもおかしくないわ」

 

「ここそんなに離れていたのか、アーチ付近に管理者みたいなのがいなかったのは?」

 

「あそこのアーチは放棄されとるからや。地球に繋がるアーチは一つやないし、わざわざ危険な所を使う必要はあらへんやろ。それに最高神官アリが許可せんと行ったり来たりできんから放置しても大丈夫やし」

 

「いいかげんだな」


「効率的と言ってや」

 

「はいはい、それじゃ話を変えるが。俺達はこれから困窮してる村に物資を届けるわけだ、そうだな?」

 

「せや」


「国は支援しなかったのか?」

 

「したで、けど街道沿いにでっかいモンスターが住み着きおってな、届ける物資をことごとく食い散らかしおってん。やから街道を避けて大回りしなあかんねんけど時間が掛かってなあ、大体あと二ヶ月はかかんねん。それまでもちそうにあらへんから、地球側からモンスターのいない扉を潜って物資を届けようという話になったんや」

 

 つまり体良く地球が使われたという事だ。こんな話他の地球人が聞いたら激怒しかねない。優のようにストイックな人間ならまだしも、過激な人や異世界の扉を破壊しろと叫ぶ団体からは特に批判が殺到するだろう。

 

「お前、その話他の地球人にはするなよ」

 

「わかってるって、ウチかてそこまでアホちゃうで」

 

 やや不安である。

 

「そ・ん・な・こ・と・よ・り〜、ご飯にしようや! ウチめっちゃお腹ペコペコやねん、こういう時ってカレーとか食べんにゃろ? カレー食べた事ないから楽しみやわ」


 出会って数時間、表情がコロコロとよく変わるリーヤはこれまでで一番期待に満ち満ちた光り輝く顔をしていた。

 そんなにもカレーが食べたいのか、と呆れながら優は自分達用の食料袋を開ける。ガサゴソとまさぐり、中からSO〇JOYとゼリー飲料を取り出してリーヤへ渡す。

 

 リーヤは丸くなった目でそれを見つめ「ふえ?」と間抜けな声を上げた。

 

「カレーは?」

 

「奴らがまた来るかもしれねえのにそんな悠長にしてられるか」

 

「カレー……」

 

 落ち込むリーヤ、目に見えて周りの空気が重くなる。

 優は溜息一つついて、リーヤの頭をポンポンと叩く。

 

「仕方ねえ、終わったらカレーが美味い店に連れてってやるよ」

 

 瞬間、ぱあとリーヤの顔に再び光が射した。なんとまあわかりやすい。

 

 二人は手早く食事を済ませて軽い休憩をとる。五分後、優はトラックのエンジンに火を付けて暖める。

 

「うし、じゃあ出発すんぞ」

 

「ちょいちょい、このオッチャンは置いてくん?」

 

 オッチャンとは未だに意識を失ったままのゲシュ・ナルケトである。

 当然連れていく義理はないのでここに置いていくつもりだ、本来なら息の根を止めたいところを子供の前で、無抵抗の人を殺すのは気が引けるからそのままにするのだ。

 それに目覚めたその男に襲われないとも限らない。

 

「置いていく、いいから乗れ」

 

 リーヤは渋々助手席に座る。その時ゲシュ・ナルケトがモゾモゾと動き始めた。意識を取り戻したらしい。

 

「だすぞ!」

 

 慌ててアクセルを踏んでトラックを発進させる。サイドミラー越しに後ろを見ると、ゲシュ・ナルケトは姿を消していた。

 

「何処に消えた?」

 

 運転席側からは見えない。リーヤも助手席側からも見えないとジェスチャーで教えてくれた。当然前にはいない、ゆえに背面カメラの映像を映してそこを確認した瞬間二人はゾッとした。

 先程のゲシュ・ナルケトが両腕を後ろ手に縛られた状態でボディの扉に食らいついていたのだ。文字通り取っ手に噛み付いて。

 

「やっぱり始末するしかねえ!」

 

 寝台からサブマシンガンを取り出し、トラックを止めて運転席から飛び出す。大きく距離を取りながら慎重に後ろに回る。

 驚いた事に男は未だに食らいついていた。

 

 サブマシンガンを構える。視界に捉えたのか男は口を開けて扉から離れて着地した。

 

「マグツツドュル、アコアングイモング マウノンゴンヌガウボス」

 

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」

 

 優はサブマシンガンの引鉄をひいて無数の弾を男に向けてばら撒く、その弾は次々に男の体を貫いて蜂の巣を作り上げていく。

 

 筈だった。

 

「おいクソガキ、なんのつもりだ」

 

 弾は男には当らず、突如地面から生えた土の壁によって全弾防がれた。それはリーヤが魔法イネスによって引き起こした現象だった。

 

「この人は……し、死なせたらあかん!」

 

 優に睨まれて足が竦んだのか、足が少し震えていた。心做しか声も。

 

「そいつがなんなのかわかってんのか? 盗賊だぞ、さっき俺達を襲撃してきたんだぞ?」

 

「わかっとるわ! けども、やっぱりウチあんまり人が死ぬ所見とうないし、殺さずに済む方法があるならそうしたいし」

 

「それは俺を批難しているのか?」

 

 先程優はゲシュ・ナルケトの一人を撃ち殺した。当然それをリーヤは見ていた筈だ。

 自然と優の目が厳しいものとなる。リーヤは蛇に睨まれたカエルのように固まってややひくついた。そして意を決して口を開く。

 

「そうやないけど、けどウチは……そ、それにこいつさっき忠誠を尽くすって言いおったし! 敵意とかあらへんて!」

 

 目に涙を浮かべて必死に懇願するリーヤを見て優の頭は流石に冷えてきた。

 そしてサブマシンガンの銃口を下げて、リーヤにその男としばらく会話させて事情を聞き出す事にした。

 

「ええと、纏めるとやな。ゲシュ・ナルケトの掟でタイマンはって負けたら勝った奴の下僕にならなあかんらしい。あの自傷行為も決闘前の掟らしい」

 

 実にシンプルな答えだ。

 

「……なるほど、そうか……なら連れてってやる。言っとくがそいつがちょっとでも怪しい素振りを見せたらドタマ破裂させっからな」

 

「わかったわ、ウチが責任もつ」

 

 優は運転席へと舞い戻る。その後リーヤが助手席に座り、ゲシュ・ナルケトが後ろの僅かなスペースに滑り込んだ。

 

「そういやお前の名前はなんつうんだ?」

 

「アンセイ イモング ナガラン」

 

 直ぐにリーヤが翻訳して伝える。

 

「クーエーン」

 

 男が一言そう返した。それがゲシュ・ナルケトの名前らしい。

 こうして配送のお供に仲間が一人追加する事になった。

 

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