第2話 ユキムラ・ナギサは扉を開いたみたいです。Ⅰ





 どうも、イズミです。日常は相も変わらず、今日も今日とてスマホゲーに勤しんでいます。

 しかしなんと言ったものか。今日も変わらずということは、彼女ら――ユキムラ・ナギサことゆっきと、スミダ・ミヤコの険悪なやり取りも変わらないというわけである。


「いい加減にしないさいっての!!」

「私に……構わないでよ……ッ」


 あの二人はアイバがいなくなったことで、クラスの雰囲気が険悪になったと思っているみたいだけれど、実際のところは当然のことながら違う。原因は彼女らにこそある。


 よく考えてみてほしい。アイバの失踪(?)から一年だ。進級し、クラスの面子もある程度変わっている。アイバの事件を直接知っている人間ばかりではなくて、それはつまり彼女らの険悪さの原因を知らない奴らがいるわけなんだなこれが。

 そんな奴らからすれば、無駄な険悪さを放つ彼女らこそが、このクラスの癌だ。その証拠に、


「ねえ、シマダさん? 去年同じクラスだったんでしょ? あのケンカ止めてくれないかな……?」

「ははは、面白いこと言うなぁ。あれ止められるわけないじゃん。でもいいよ、キミ可愛いし」

「へ? あ、……よろしく?」


 曖昧な表情を浮かべる女子生徒に笑顔で返し、よっこらせと立ち上がる。

 いやはや、よく一年もこんな関係を続けられるよね、ゆっきちゃんもミヤコちゃんも。……違うか、元から仲が良かったわけじゃないのかも。


 アイバがいたからだ。


 ゆっきは良くも悪くもアイバありきって感じだったらしいし、そんな彼が選んだ相手ならってことでミヤコの存在も許せていたのだろう。

 対しミヤコは、ゆっきがいるせいで中々二人きりの時間が作れず、あまり良く思っていなかったらしい……が、自分こそがアイバのカノジョであるという優越感があったからだろう、ゆっきという幼馴染の存在も許せていた。


 しかし、アイバがいなくなった今、その枷はどこにも存在しない。これまでの鬱憤と、こうして目に余る互いの邪魔さに、不満が爆発している……そんなところか。


「そこまでにしようか、二人とも」

「は?」

「…………」


 こうして僕のことを睨む表情はそっくりなのだから、この二人の仲が悪いというのも妙な話だ。実は喧嘩するほど仲が良い、というものではないのだろうか。

 ……違うな、共通の敵ができたから一時休戦ってやつだ。


「なにアンタ、関係ないならすっこんでなさいよ」

「関係ないってこたないでしょう? 何度もケンカの仲裁させられるこっちの身にもなってほしいなぁ。少なくとも、この教室でそうしていがみ合ってるうちは、無関係なんて言わせないよ」


 僕の言葉に押し黙り、しかしその眼光は鋭さを増す。……別にマゾってわけじゃないけど、女の子が強がっているのってグッっと来るものがある。

 ってそうじゃなかった。


「ケンカするなら他所でやってくんないかな? や、僕としては二人が仲良くケンカしてるのって目の保養になるし、構わないんだけど。他の女の子達がちょーっと怖がってるから」

「……ふん、なに、委員長か何か?」

「いや違うけど。なんか去年、同じクラスだったからって仲裁を頼まれちゃって」

「同じクラスだったなら知ってんでしょ、邪魔しないで」

「話聞いてた? ……誰も今、キミらの都合の話なんてしてないんだよ」


 ちょっと凄んで見せるが、あまり効果は無かったみたいで「だから?」と言わんばかりの表情を浮かべている。やっぱり背景キャラにはこれが限界か。

 しかし、僕とミヤコが話しているうちにゆっきは走り去ってしまった。望んだ形ではないけれど、ひとまずこの場は収まった。


「ちっ」


 あからさまな舌打ちはここ最近のミヤコの癖らしい。誰が相手でも最後には舌打ちを残すため、今ではミヤコの友達も段々と離れて行ってしまっている。

 乱暴にドアを蹴り、ミヤコもまた教室を去った。

 そうして一息ついていると、仲裁を頼んできたクラスメイトの女子が近づいてきて、


「あ、ありがとう……シマダさん」

「んー、いえいえ、どういたしまして? 今のって、僕じゃなくても良かったと思うんだけどな」

「えっと……うん、そうだよね……ごめん」

「あーいやいや! 責めたつもりは無くてね?」


 落ち込み、項垂れる女子は可愛いのだけれど、それ以上に僕の良心の呵責が……。

 何はともあれ、教室には安堵の空気が流れ始めていた。しかし、いつまでもこのままではいられないはずだ。

 まあ、だからって自ら動く人は一人もいないんだけど。

 だって、面倒事には巻き込まれたくないでしょう? 誰だってさ。


 ◆


「私は……私の、……ううん、違くて、そうじゃない……もうッ、何もかも、違くて……ッ!!」


 何が悲劇のお姫様だ。いい加減にしろって何がだよ。視界が真っ赤に染まるほどの怒りを覚えつつ、バス停にて帰りのバスを待っていた。

 幼馴染であるケイトの自殺……そして遺体の失踪。何かがおかしいと思って、私――ナギサはこの一年間、いろいろ調べていた。


 しかし。


 ケイトが死んだという証拠がほとんど見つからないのだ。

 あの日――ケイトがクラスメイトの前で飛び降りたあの日、下を覗き込んで目を見開いた。確かに目の前で飛んだはずのケイトの姿がなく、下に降りて探しても遺体はおろか、血痕のひとつも見当たらなかった。


 警察が後に調べ、検証した結果も変わらない。それゆえ、ケイトは死亡ではなく失踪扱いとなって、一年経った今でも捜索は続けられている……


 これだけ探しても見つからないのだ。捜索はほぼ打ち切り、生死に関しては、ケイトの両親ですらもう諦めている。


 けど、私は諦めるなんてことができなかった。


 でも、私の理性は、ケイトは死んだのだと叫んでいる。


 そんな希望と絶望の間で揺れて、私の精神はボロボロだった。せめてケイトの遺体の一部でも見つかってくれれば、揺れ続ける不安定な精神は落ち着くのに。


「……みんなと同じように、忘れられるのに」


 バスが着き、ぷしゅーという音と共にドアが開く。幸い人はほとんど乗っておらず、スカスカの席の内のひとつに腰を下ろす。

 そして、教室でもしているように窓の外をボーッと眺め、


『アイバ・ケイトの行方を知りたいかい?』


「――ッッッ!?」


 そこに映った私の顔が、私の意志に関わらず喋り出したのを見て、声にならない声を上げた。慌てて口を噤むも、車内の人間は誰も私の方を向いたりしなかった。


「あまり驚かないでおくれ」「ボクがこうしてキミに話しかけ」「るには、こうするしかないんだ」


 かと思えば、彼らは一斉に口を開き始める。あまりにも不気味で、席を立った私は運転手に「と、停めて! 降ろして!!」と声をかけるも「――まずは話を聞いてくれないだろうか?」と、運転手までもが不思議な声を発して、


 私は、意識を手放した。



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