アイバ・ケイトは異世界へと旅立ったみたいです。
三ノ月
第1話 アイバ・ケイトは異世界へと旅立ったみたいです。
屋上から飛び降りて、鈍い衝撃が全身に広がった直後のことだった。
真っ暗だったはずの視界には満点の星空が広がっていて、しばし呆気に取られていると、背後に人の気配を感じて振り返った。
「やあ、どうもどうも。今回の迷子はキミで間違いないかな?」
朗らかな声、見上げて合わせた目はキラキラと輝いている。
「いろいろ質問もあるだろうけど、尺が無いんでぱっぱと進めるね」
そんな身も蓋も無い言葉と共に、その両手にポンッと箱が現れた。
「さて、
それは、どういう意味だろう。
呆然とする俺、アイバ・ケイトに、少年とも少女とも付かない存在は告げる。
「――異世界で、もう一度人生をやり直せるとしたら、どうする?」
◆
一年。あれから長いようで短い時間が経ったわけだけれど、依然として世界は何不自由なく回り続けている。そんなクサいセリフが脳裏を過ぎるのは、もう会うこともないだろう友達のことを、ずっと考え続けて来たからか。
ケイトがいなくなってから一ヶ月くらいは学校でもニュースでも騒がれていたけれど、さすがにもう、誰も噂にすらしない。ケイトの空席は、どこかに転校していっただけのように瞬く間に消え去った。
「ゆっき、プリント回収するって」
「……ああ、うん」
窓の外をボーッと眺めるなんていう、今時マンガのキャラでもしないようなことをしていた私に、クラスメイトから声がかかる。鞄の中から取り出したプリントを手渡し、またも窓の外を眺める。
回っている。ケイトがいなくても、この世界は何不自由なく回っている。
ケイトがいなくなってからの一年間は、とても色の薄いものだった。みんながあっという間にケイトのことを忘れていく中、私だけは頑なに彼のことを忘れずにいた。そのズレが、周囲との関係を劣悪にしていったのだ。
「ゆっきさぁ、なんか急に付き合い悪くなったよね」
「……なに?」
放課後の帰り道、いつものように早々に教室を後にしようとした私の前に、以前はよく一緒に遊んでいた女子が立ちはだかった。
「その辛気臭い顔、アンタには似合わないけど。いつまでそうして悲劇のお姫様気取ってるわけ?」
「っ、……うるさい」
その横を通り過ぎようとして、突如つんのめった。
脚が前に出なかった私は、そのまま転んでしまい、突如迫った床に受け身も取れず、鼻を強打した。
何が起こったのか、なんて、脚に触れた感触で察せる。引っ掛けられたのだ。
「…………」
いつものこと。ケイトがいなくなってから、たまにこうして絡んでくるようになった。今更何を言うこともない。私はそのまま彼女を無視し、教室を出た。
◆
「ミヤコ、いつものことながらやり過ぎだって……」
「……うっさいわね」
アタシは不機嫌なのを隠そうともせず、注意喚起してきた友人に舌打ちを返した。
ケイトがいなくなってから一年が経つ。この学校の誰も彼もが折り合いをつけ、忘れて、まるで最初から居なかったかのように日々を過ごしている。
――違う、そうじゃない。
忘れてなんかいない。少なくとも、同じクラスだった連中は誰一人として、アイツを忘れたことなんかないはずだ。
『俺は、もうこの世界では生きていけない』
クラスのみんなの前でそんなことを宣って、そのまま屋上から飛び降りたアイツのことを、どうして忘れられようか。
でも、それだけではいけないと。みんなが前に進もうとしている中、あの女だけはいつまでも停滞している。それが見ていて苛立たしくて――。
「なにアイツだけ不幸ぶってんだって話よ……」
抑えきれぬ怒りを拳に乗せ、掃除ロッカーに叩きつけた。
◆
荒れてんなぁ。
一人スマホを弄りながら、クラスの二大問題児のやり取りを横目に見ていた。
方や、アイバの幼馴染であった
方や、アイバのカノジョであった
どちらも、あの男の公開投身自殺に心を痛めたのだろうが、その後が決定的に違ってしまった。
引きこもり、己の世界に生きるか。
苦悩しながらも、もがき歩くか。
いやいや、どちらも僕好みの女子になったものだ。アイバもいなくなったし、手を出すなら今なのでは? そう思いつつ、一年間ずっと見るだけに留めている。
なぜかって? 当然、僕は彼女らの眼中に無いからだ。
アイバの友達だった僕……とはいえ、彼女らにとってはただの背景。話しかけようなら微妙な対応をされるに決まっている。顔も冴えないし。
だから、何も言わないし、言えない。
「悲劇のお姫様ぶってるのはどっちもだろっての」
単なる友達であっても、いなくなられればもちろん辛いのだと、声を大にして言いたくても。
きっと、彼女らには届かないんだろうなぁ、なんて。
◆
クラスメイトを集めて、真意を量りかねる遺言を遺して屋上から飛び降り自殺をした少年、アイバ・ケイト。
見下ろした先には彼の死体は無く、警察もクラスメイトの証言は受け入れてはくれず。行方不明ということで処理された事件は、一ヶ月もニュースで報道されれば風化していった。
しかし、それを目撃した彼らはその限りではない。
これは、アイバ・ケイトが遺した爪痕の物語。
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