3.8

 暗やみの中、何かが駆けてくるのを感じる。それはきっと大きな熱量を持つもので、姿が見えなくても存在を感じる。

「ぜあああああああああああっ!!」

 そしてそれが脅威の速度でもって僕の直ぐ側まで来た時、僕の上に乗っていたフード男がようやく退く。遅い。状況が飲み込めてないこいつは、ここまで近くに寄って初めて、侵入者が脅威であると認識したのだ。

 間瀬文緒の長い手足は捕食者を連想させる。精神に、身体は追随する。間瀬の怒りの感情が、彼女の身体を突き動かし、槍のように直進していく。

そして間瀬はそのまま僕を駆け抜け、逃げるフード男の背に飛び蹴りを放つ。二人が廊下に転がる音がする。

僕も立ち上がると、間瀬とフード男に近づく。殴られたせいで足元がふらつくが、すぐに追いついた。

そして二人を確認すると、既に状況は終わっていた。間瀬はフード男の腕を取り、完全に動きを抑え込んでいる。

「大丈夫?」

 大丈夫。そう答えようとしたが、声が出ない。くそ、喉なんて殴りやがって。

 間瀬はそんな僕の様子を察してか、悲しそうな顔で見る。その表情に反して、フード男を抑える手は緩めない。僕は懐から簡易手錠を取り出し、フード男の両手両足に掛けた。

これでとりあえず一安心。

「こいつが例の?」

 僕は頷く。こいつが岩永あかね達をずっと付け狙っていた犯人だ。


 その後、間瀬はフード男を抱え、三号館を後にした。

「私、側にいようか?」

 終始僕の身を案じた間瀬だが、僕にはまだやることがあった。岩永あかね。彼女にすべてが終わったことを報告しないと。

 一人になった三号館を出ると、作木光昭がこちらに来るのが見えた。

「おい!」

 作木光昭はこんな時でさえ怒鳴り声だ。僕は色々説明をしなくちゃいけないのだが、声が出ない。

なんとか手の動きで水を要求すると、作木光昭はペットボトルの水を寄越した。喉が潤うと、少しだけ声が出た。

「おい、どうした。何があった」

「例のフード男が来たんですよ。岩永さんを襲いに」

「それで?そいつは?」

「うちのやつが連れて行きました。ここに置いておくのはまずいので」

 それを聞くと、作木光昭は少し安堵したようだ。

「それで、お前、大丈夫なのか」

「意外ですね。僕の心配なんて」

「だってお前、すごい顔してるぜ。それに、声も」

 なにせ喉を殴られているのだ。僕は人生初体験の痛みと苦しみで、平常でない。

 そして僕がどこをどのように殴られたのか滔々と話そうとしたところで、岩永あかねがやってきた。

研究棟からここまで走ってきたのだろう、息も絶え絶えといった様子だ。

「能村くん、大丈夫?!」

「大丈夫ですよ」

 暴漢に襲われながら、冷静に対応してくれたおかげで、僕は自分の任務を果たすことが出来た。

「ところで、あいつは誰だったの?」

 岩永あかねの問いは当然だろう。だが、僕はその答えを持っていない。

「僕らが調べますよ。もうみなさんは帰れますよ」

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